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「入試を変えれば教育が変わる」という発想こそ変えよ~理念先行の改革から学校現場の支援へ

2019/12/18(水) 12:07配信

中央公論

文・中村高康(東京大学大学院教授)

●大学入試の理想と現実
 今般の大学入試改革は、その改革の基調として「知識の暗記・再生」を批判することが、理念として掲げられている。従来の大学入試を「知識の暗記・再生」に支配されているものととらえる認識自体、まさに何十年も前から言われていることであり、また現状認識としても妥当ではないことは、すでに拙稿「大学入試をめぐる改革論議迷走の背景」(本誌七月号)でも述べた通りである。同様に、英語の民間試験導入の議論における「4技能」の話も、理念そのものの再検討を行うべきだと主張する英文学者・阿部公彦氏(東京大学大学院教授)のような論者がいることは想起しておくべきだろう。阿部氏は、4技能バランス良くという理念に異論を唱えているが、それは実は学力の3要素(資質・能力の三つの柱)をバランスよく入試に反映させようとする方向性に対して私が抱いている懸念とほぼ同じである。

 ここでは一つの例として、いま最も話題となっている記述式導入の理念(思考力・判断力・表現力等)を現実と対置させてみたい。

 共通テストに記述式を導入することの公式の意味付けとしては、思考力・判断力・表現力という、学力の3要素の中でもとりわけ重視されてきた要素をしっかり測ることだと考えられている。しかし、従来の大学入試センター試験も「知識の習得状況の評価に優れていることに加えて、マークシート式でありながらも、与えられた問題を分析的に思考・判断する能力の評価に優れている」(平成二十八年三月三十一日『高大接続システム改革会議「最終報告」』)とされており、改革方針を決めた会議自体がそれを認めている。だから、表現力を除けば、これまでも測ってきたものなのである。ここを読んだだけでも記述式の導入の教育的意味があまり大きくはないことが見て取れる。

 それに加えて、記述式問題は、ほとんどの国立大学において二次試験で課されていることが、東北大学の宮本友弘氏・倉元直樹氏の研究で明らかとなっているほか、私立大学でも記述式の大学入試問題など簡単に見つけられる。高校の入試問題でも、また私立・国公立中学の入試問題でも、記述式問題は日常的に出題されている。

 さらに、こうした入学試験には関係が深くなかった読者であっても「自分も記述式の問題なら何度も解いたことがあるぞ」と思われた方は多いはずである。なぜならば、大学入試センター試験はマークシートであるため組み込まれていなかったというだけで、学校の中においては、私たちは普段から記述式問題をたくさん解いてきたし、書く・表現するということは(それがどれほど効果的にできていたかは留保するとしても)随所に授業の中に組み込まれていたのである。

 学校でやったワークシートが記号選択やマークシートばかりだったかどうか、よく思い出していただきたい。あるいはお子さんが学校に通っているご家庭ならば、お子さんが受けている日頃のテストを見て、記号選択問題や知識を問う問題だけがびっしり敷き詰められているのかどうか確認していただきたい。知識や技能を問うだけの問題も当然あるだろうが、それだけということはありえない。記述は学校の日常と言っても良いものなのである。ちなみに、私が普段大学で課している試験やレポートも基本的に論述式のものであり、大学でもそれが一般的なやり方である。

 要するに、記述式問題を通じて思考力・判断力・表現力を育成しようという理念とは裏腹に、記述を行う試験や教育は学校の日常の中ですでに行われてきた現実なのである。

 このように「現実」を照らし合わせてみると、記述式問題自体は、改革の目玉と言われながら、実は私たちがとっくの昔からあらゆる教育段階で取り扱っていて、すでに十分慣れ親しんでいる形式に過ぎない。だからこそ、さきほど述べたように、多くの人たちは、ひとたび報道などで実情を知ってしまえば、この記述式問題導入の欠点を自分の経験に照らして簡単に理解することができたのである。

 こうした状況の中で、大学入学共通テストに簡便な記述式問題を組み込むことは、効果のある場面がまったくないとは言わないが、日本社会全体として思考力・判断力・表現力を向上させるのに大きく寄与するとは、にわかには想像しがたいのである。

 もし本気で思考力・判断力・表現力にテコ入れをするのであれば、予算をつけて改革(というよりも支援と言ったほうがいいが)すべきなのは入試改革(とりわけ受験者がきわめて多い大学入学共通テスト)ではなく、日常の教育実践を支える人件費・教育費なのではないのか。ただし、教育現場はすでに疲弊しきっていて、これ以上の改革を受け入れる余裕はないので、現場で積極的にチャレンジしたいと思えるプランを、現場とともに作っていくという地道な作業が不可欠ではあるが。

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最終更新:2019/12/18(水) 12:07
中央公論

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