2019年9月から11月まで開催されたラグビーワールドカップ(以下、W杯)で、日本代表は史上初のベスト8入りという輝かしい結果を残した。
なぜ日本代表はここまで活躍できたのか、そして日本代表は私たちに何を残してくれたのか──
●具の涙と、響く声援
忘れられないシーンがある。
ラグビーW杯で、日本代表が史上初の決勝トーナメント進出を決めたスコットランド戦の前半二一分。日本代表の3番がケガでピッチを退いた。スクラムの要である具が序盤で抜けると、ゲームプランの変更を余儀なくされる。勝敗を分ける選手交代になるかもしれないと感じた。
次の瞬間、パブリックビューイング会場の大型モニターに具の表情が映し出された。控えの選手たちが、傷めた脇腹をおさえ、大粒の涙をぼろぼろとこぼす具の肩を叩き、労いの言葉をかける。驚いたのは、パブリックビューイングでわき上がった具に対する声援である。
「グー、よくやった!」「グーくん!」
韓国出身の具が、いや、日本代表になった海外出身選手たちが、これほど認知されて、応援されるようになったのか……。具の涙とパブリックビューイングに響く歓声は、日本の勝利以上に、私の心を震わせた。日本社会が変わる兆しを見た気がしたのである。
私は数年前からラグビー日本代表になった歴代の海外出身選手たちに、来歴や、母国以外の代表となる思いや葛藤を聞いてきた。
これまでの歴史を調べてみると、日本代表が発足した一九三〇年には、台湾人留学生が代表に選ばれている。その後、一九八〇年代半ばに入るとトンガ人選手が桜のジャージを着るようになる。日本ラグビーは、以前から海外出身の選手たちを受け入れてきた。高校、大学時代にラグビー部に所属した私にとって、外国人選手が日本代表として戦う姿は自然だった。高校時代に対戦経験があるニュージーランドからの留学生が、後に日本代表になったと聞いたときは、まるで我が事のように誇らしかった。
私が日本代表になった外国人選手に改めて注目したのは、フリーライターとしてさまざまな国際化の現場を歩いた経験が大きかった。ベトナムやミャンマーなどからの難民、外国人労働者、そして農村で暮らす外国人花嫁……。国際化が生んだひずみを見る機会が多くあったせいか、いつしか私は、ラグビー日本代表を日本人と外国人が共生する理想像として考えるようになっていたのである。
さらに、二〇一〇年ころから韓国や在日コリアンへのヘイトスピーチが巷にあふれはじめた。ネット上だけでなく、書店にも禍々しいタイトルの書籍が並び、韓国との国交断絶を訴える政治家まで現れた。分断はあっという間に広がった。ラグビー日本代表の歩みが、そんな閉塞感を打破するヒントになるのではないかと考えたのである。しかし、国籍にこだわらない国家代表のあり方に対する反発は予想以上に大きかった。
W杯直前、日本代表メンバー三一人中、一六人の海外出身選手が選ばれた。私は発表を受け、日本代表と海外出身選手の関係についてコラムを書いた。しかしWebに転載されたとたん、ネット上に様々な意見が投稿された。もちろん好意的なコメントも多かったのだが、否定的に受け止める人が少なくなかった。
〈勝つためなら全員ガイジン引っ張ってこいよ。どうせ勝てないんだから全員日本人でやればいい〉
〈半分も外国人なのに日本代表って違和感ありすぎ〉
〈日本国籍ないのに代表になれるスポーツなんか、応援できん〉
なかには韓国出身の具を名指しで批判したり、私を反日ライターと罵倒したりする人もいた。
だが、わずか数週間後、日本代表の躍進により、ネット上には一転して海外出身選手たちへの賞賛があふれることになる─。
最終更新:2019/12/20(金) 8:04
中央公論



















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