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【香港特別対談】(上)「飲茶文化」に通底する「リーダー不在」の香港デモ

2019/12/27(金) 6:00配信

新潮社 フォーサイト

 

 2019年4月に香港の立法会に「逃亡犯条例」の改正案が提出された時、誰がこれほどの事態を予測できただろうか。

 6月に100万人規模に膨れ上がった「香港デモ」は「改正案撤回」「大学籠城」「区議選での圧勝」といういくつかの段階を経て、小休止に至っている。2020年9月には中央議会に相当する立法会の選挙が予定されており、正念場はこれからとの見方もできるという。

 中国にとっても世界にとっても想定外だったに違いない「香港デモ」は一体どのようにして始まり、なぜここまで大きな国際問題に発展したのか。これからどう波及していくのか。

 9人の専門家が「香港デモ」に切り込んだ『香港危機の深層 「逃亡犯条例」改正問題と「一国二制度」のゆくえ』(東京外国語大学出版会)が、12月27日に発売された。

 編者は立教大学の倉田徹教授(香港政治)と東京外国語大学総合国際学研究院の倉田明子准教授(中国・香港近代史)。フォーサイト執筆陣の1人で台湾・香港問題に詳しいジャーナリストの野嶋剛さんも参加している。

 そこで、倉田教授と野嶋氏に本書と香港問題について語ってもらった。

103万人デモの前日譚

野嶋 香港情勢が注目された今年は倉田さんが著者、編者として参加した香港関連書籍が3冊刊行されました。『香港の過去・現在・未来 東アジアのフロンティア』(勉誠出版)、『香港雨傘運動と市民的不服従 「一国二制度」のゆくえ』(社会評論社)、そして本書です。

 私も1章分を担当させていただき、「共鳴する香港と台湾」と題して香港デモと台湾の関係について書いています。

 

倉田 日本でも香港のデモに対する高い関心が見られますが、原因や構造を深く掘り下げて理解するのはなかなか難しい。

 そこで普段から地道に香港研究をしている若手を中心に、法の支配や経済構造、インターネットやアイデンティティー、実際にデモに参加した人々の証言といった様々な角度から書いてもらい、最後に野嶋さんの台湾との関わりを入れることで、広がりを見せました。

 重点を置いたのは、歴史や過去を踏まえて今の状況を捉えること。たとえば、香港問題が注目を集めるきっかけになったのは6月9日の103万人デモですが、私が担当した概略の章では、ここに至るまでの前日譚について半分くらい紙幅を割きました。103万人デモ以降の展開については語られていますが、それ以前のことはあまり知られていません。実は雪だるま式に膨れ上がっていく変化があり、これがなかなか面白い。


■日本の「香港研究」の見せ場

野嶋 本書は研究書と一般書の中間にあって双方の橋渡しをするような内容です。私も専門性がありつつも今日的な状況をフォローしたものにしようと意識しました。

 日本には脈々と積み重ねられてきた香港研究があり、アカデミズムかジャーナリズムかを問わず、香港について書かれたものがたくさんあります。

 けれど先日、台湾の国家図書館で香港関連書籍を検索したところ、台湾の人が書いたものがほとんどありませんでした。2014年の「雨傘運動」以降、数冊あるものの、それ以前は香港研究がないに等しい。つまり、香港研究では、はるかに日本が香港と同じ中華圏の台湾より先を行っているんです。

 その蓄積が、本書で発揮されていると思います。日本の香港研究の底力を見せるという意味でも、このスピードでこれだけの内容のものを出せたのはとても貴重ですね。

 

倉田 世界の学術研究では、英語圏の学術雑誌にどれだけ論文が載るかによって評価される傾向があります。世界中から注目されるものを書いた方が引用されやすいので、中国やアメリカといったテーマが選ばれやすく、香港研究は先天的に不利。台湾で香港研究が発展しない理由も、おそらくそこにあるのでしょう。

 一番苦しんでいるのは、当の香港です。香港は国際化を重視する都市なので、大学の国際ランキングの上位を狙うわけですが、ランキングは学者の評価によっても左右されるので、結局、英語雑誌に載った論文の本数が大事ということになる。香港社会が香港研究を許さないのです。

 日本は幸いこうした学術評価がそこまで幅を利かせてはいません。アジアで多様な研究ができる環境が整っているのは、もはや日本だけかもしれません。そういう意味で、日本が香港研究をしなければならないという義務感はありますね。


■万単位の人が円卓を囲む「飲茶大会」

倉田 今回のデモについて多くの人が不思議に思っているのは、リーダーのいないデモがどのように行われているのかということと、資金はどこから出ているのかということ。

 香港の状況をずっと見ていると、自ずと答えが出てきます。

 リーダー不在の運動は、インターネットの掲示板で議論が交わされながら行われ、資金は市民が寄付しています。こう説明しても、日本人はなかなか信じてくれませんが、香港と長く付き合っている人なら合点が行く。なぜなら、この2つは香港人のDNAとも言えるからです。

 そもそも香港は、中国大陸から逃げてきた人たちがつくった街。中国のロジックからすると、国を捨ててイギリスの植民地に身を投じたのですから、言わば「逃亡犯」です。香港の人たちが今回のデモの発端となった逃亡犯条例の改正にこれだけ拒否反応を示したのは、「引き戻されるのはイヤだ」という体の奥底にある本能が働いたからではないかと思います。

 その彼らがなぜ中国から逃げてきたかといえば、毛沢東という強力なリーダーに従って生きていくのが耐えられなかったから。つまり彼らは元来、リーダーが嫌いなのです。そう簡単に服従したりはしません。個人崇拝を求めるような習近平体制を生理的に嫌悪しているところがある。

 リーダーが嫌いということは、リーダー不在にも慣れているということ。資金を出せる人間は資金を出し、人手を出せる人は人手を出し、知恵を出せる人は知恵を出し、それぞれが自分のできることを少しずつやっていこうという文化がある。それが100万人、200万人規模になると、相当なことができます。

 また、香港人はよく寄付をします。週末になるといろいろな団体が募金箱を持って街頭に現れますが、あれも1つの文化。植民地時代、当局が難民の面倒を見てくれなかったので、お互いに助け合うための団体が発達しました。政府に頼らずに自分たちで何とかしよう、そのためには融通し合おうという感覚がもともとある。

 

野嶋 世界各国の新聞に出した全面広告には、私も驚きました。一紙につき少なくとも広告料は数百万円かかります。それを世界中でやってしまう機動力がある。中国側は誰かが裏で資金を提供しているに違いないと言いますが、クラウドファンディングであっという間に資金が集まるのですよね。

 

倉田 香港では週末になると家族が集まり「飲茶大会」をします。ワイワイ議論をしながら、「俺は今度店を出す」「私は今度、子供を留学に出す」と言うと、皆が資金や知恵を貸してくれる。

 私は、デモに関する議論が延々と交わされるインターネットの掲示板を、万単位の人が円卓を囲っている飲茶大会と思いながら見ています。そう考えると、今回のデモは香港人にとっては非常に自然なことで、だからこそ続いているのでしょうね。


■催涙弾の撃ち方はクレイジー

野嶋 香港のデモが100万人規模になって半年が経ちましたが、激しい手段で警察に対抗する「勇武派」と呼ばれる人たちの運動は、少し落ち着いたと見ていいでしょうか。

 

倉田 彼らは「休戦」という言い方をしていますが、11月の香港理工大学での籠城で1300人もの逮捕者を出してしまったことは、その後、釈放されているとはいえ、相当な打撃だったのだと思います。

 

野嶋 香港中文大学で始まって理工大学に飛び火した学生の籠城は、日本社会にも衝撃を与えました。僕自身、大学時代に中文大学へ留学していたこともあって、「あの中文大学が火の海になっている」という精神的なダメージが大きかった。

 それまでの半年間、彼らが成功してきた闘い方、つまり1つの拠点をつくらずに神出鬼没、遊撃戦的に戦っていく「Be Water(水のごとくあれ)」の手法から、大きく変わった印象を受けました。

 倉田さんはどう見ていますか? 

 

倉田 本来、大学には日本と同様に自治権があるので、警察も大学生がデモの主力になっていることは把握しつつも、大学に入ることはできるだけ避けてきました。

 ところが11月頭に習近平が林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官と会談し、支持を表明すると、今度は新興5カ国(BRICS)首脳会議に出席するためブラジルまで出かけて行き、「暴力を止めて混乱を制止するのが最も緊迫した任務である」と発言した。

 そこから香港警察も一段階エスカレートし、大学で催涙弾を撃つようになりました。中文大学では2000発、理工大学でも1000発以上が撃たれたと言います。学生や記者がたくさん立て籠って飢え凍えている中で、水をかけたりする。警察の催涙弾の撃ち方はクレイジーです。(つづく)

野嶋剛,倉田徹

最終更新:2019/12/28(土) 11:24
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