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【プロレス】アイスリボン・藤本つかさ&つくしが“飛翔天女”豊田真奈美さんにリボンタッグ戴冠を報告

2019/12/28(土) 22:19配信

ベースボール・マガジン社WEB

12・31後楽園ホール大会を控えた女子プロレス団体「アイスリボン」のインターナショナルリボン王者・藤本つかさ&つくしが師匠である”飛翔天女”豊田真奈美さんに、2年半ぶりとなるベルト奪取の報告をおこなった。そこでアイスリボンのスーパーバイザーでもある豊田さんは「いま団体が多過ぎて、それぞれみんなベルトを巻いている。何が一番価値のあるの?って。だからつっかとつくしには(リボンタッグを)一番価値があるベルトにしてもらいたい」とエール。豊田さんが引退した11月3日に第43代タッグ王者となった2人は「やります!」と力強く宣言した。

運命の11月3日、2年半前のつまづき

引退した飛翔天女と、飛翔天女二世と言われた藤本、豊田さんとプロレス界のママと慕うつくし。2年半という月日を経て、3人がそろったのは12月20日のことだった。

つくし「豊田さーん、やっとベルト取れました!」

豊田「頑張ったねぇ。SNSで見てたよ」

藤本「それも11月3日に取れたんです!」

豊田「それも知ってる。何なんだろうね、11月3日って」

藤本「運命ですよね、きっと」

会うなり、満面の笑顔を浮かべながらこんなやり取りをかわした3人。藤本&つくしのドロップキッカーズは11・3大阪で雪妃真矢&世羅りさを撃破し、リボンタッグ戴冠。2人によるタッグ王座戴冠は約7年ぶりで、つくし個人としては2年半ぶりのベルト。月日の長さだけをとっても今回のベルト奪取の重みが伝わってくる。豊田にとっては妹のような存在である藤本と、娘のような存在であるつくしだから、引退した飛翔天女が自分のことのように喜ぶのも理解できる。

だが、この喜びの裏にはもう少し複雑な背景があった。

豊田さん引退試合の相手に浮上も…

何度も出てきている”2年半前”という時間。具体的に言えば2017年7月。つくしはある事件を起こし、無期限の活動休止に追い込まれた。

この年の2月に豊田さんは同年11月3日に現役引退することを表明。そして6月、妹である藤本と娘であるつくしに対して「私を潰してくれ」とメッセージを送った。つまり、引退試合の相手として2人のどちらかを選ぶことを示唆したのだ。

だが――つくしは事件を起こし、豊田さん引退試合にかかわることはできず。11月3日も母のラストマッチを思いながら、埼玉・蕨にあるアイスリボン事務所にいた。

‘17年大みそかに再デビューという形で再起を果たしたつくし。だが、普段は明るく、能天気な彼女もこの時期ばかりは気後れや重圧があったのだろう。再スタートを切ったあとも本来の力を発揮できず、ICE×∞の青いベルトも、トライアングルリボン(3WAY)の黄色いベルトも巻くことはかなわなかった。

つくし「今回こそ取らなきゃ、もうダメだなとは思いました。いろんなことが重なって、11月3日になったので、ここしかないなって」

事件が起きたこともあって、あえて組むことを避けていたというドロップキッカーズ。それでもつくしが自ら挑戦の名乗りを上げたから、藤本も呼応。リボンタッグ奪取に動いた。今年9月の出来事だった。

当初、藤本&つくしがタッグ王座に挑戦する大会は10月12日、後楽園ホール大会だった。だが、この数日前に日本列島を台風19号が襲った。じん帯な被害をもたらした自然災害によって大会中止を余儀なくされたアイスリボン。同大会では、大みそかに引退するテキーラ沙弥の引退試合もおこなわれる予定だったが、前代未聞の引退延期となった大会でもある。

大会は中止となり、ドロップキッカーズによるタッグ挑戦の機運も少なからずトーンダウン。しかし、2人の意欲が下がることはなく、ふたたび機運を高めた。これによって再び挑戦の機会を得た。

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最終更新:2019/12/28(土) 22:19
ベースボール・マガジン社WEB

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