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心肺停止1時間半から生還、蘇生待ち人体を冷凍保存する人も【人体とテクノロジー】

1/2(木) 18:03配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

曖昧になる生と死の境界、改めて問い直される「死」とは何か

 人が死ぬとはどういうことか。心停止した人の蘇生や仮死状態の医療への応用の研究が進む今、死の意味が改めて問い直されている。

ギャラリー:蘇生願い、人体を冷凍保存する「トランスヒューマニスト」たち 写真16点

 死は「瞬間ではなく、プロセスである」。米ニューヨーク大学で蘇生研究チームを率いるサム・パーニア氏は、著書の中でそう述べている。脳卒中では脳の一部に問題が生じるが、死はいわば、全身に波及する卒中発作のようなものだ。心臓が止まっても、すべての臓器がすぐに死ぬわけではなく、心停止後も臓器はしばらくもちこたえられる。つまり「死後かなりの時間、死は逆転できる」というのだ。

 死神から命を奪い返そうとする医師たちの奮闘は、さまざまな形で希望をもたらしている。

 2015年、米国ネブラスカ州のメソジスト・ウィメンズ病院では帝王切開で1人の男児が誕生した。名前はアンヘル・ペレス。体重は1300グラムと小さいが、脳死状態になった母親の体の機能を医師たちが54日間維持したおかげで、それ以外はまったく正常な新生児だった。この子が元気に産声を上げたことは奇跡と言っていい。そう、祖父母が祈り続けた奇跡が、アンヘルの誕生という形で起きたのだ。

「生きている兆候は皆無でした」

 米国ペンシルベニア州の田舎に暮らすマーティン家の末っ子ガーデルは、凍てつく川に転落し、一度は死の世界へと旅立った。2015年3月、まだよちよち歩きのガーデルは2人の兄と一緒に遊びに出て、家から100メートルほどのところで小川に落ちた。

 弟の姿が見えないことに気づき、兄たちは慌てふためいた。近所の人がガーデルを川から助け出し、救急隊が駆けつけたときには、心停止から少なくとも35分が経過していた。救助から数分後には心肺蘇生は続けられていたものの、体温は25℃まで下がっていた。そこからヘリコプターで30キロ先のガイシンガー医療センターに運ばれたときも、小さな心臓は依然として動かなかった。

「生きている兆候は皆無でした。見た感じではもう……肌は黒ずみ、唇は真っ青でした」。ヘリコプターを待ち受けていた小児救急チームの医師、リチャード・ランバート氏は振り返る。小児麻酔の責任者である氏は、凍った川や湖で溺れた子どもが蘇生するケースがあるのは知っていた。だが、これほど長く心停止が続いた患者の回復例は聞いたことがない。

 それでも、ランバート氏と同センターの小児救急部門を率いる同僚のフランク・マフェイ氏も、心肺蘇生を続けたいと考えていた。回復が望める条件がそろっていたからだ。冷たい水への転落事故で、ガーデルはまだ2歳未満と幼い。心肺蘇生は救助後すぐに始められ、中断することなく続いていた。2人はスタッフに指示した。もうちょっと続けてみよう。

 それから10分が過ぎ、さらに20分、25分が経過した。この時点で、心肺停止から1時間半以上が過ぎていた。「ぐったりと横たわる冷たい体に、生命の気配はなかった」とランバート氏は振り返る。それでもチームは心肺蘇生を続行した。複数の箇所にカテーテルを挿入し、温めた液体で体温を徐々に上げようとも努めても、効果は見られなかった。

 蘇生を断念する前に、2人は人工心肺装置につなぐ手術を試みることにした。いわば最後の手段に望みを託したのだ。手術の用意をすっかり済ませ、最後にもう一度脈拍を確認した。

 信じがたいことに、心拍が再開していた。初めはかすかだったが、安定した拍動で、心停止が長引いた後に表れがちな異常は見られなかった。それから4日後、ガーデルは家族とともに病院を後にした。足元がちょっとふらついていたが、それを除けば健康そのものだったという。

 救急医でもあるパーニア氏は、蘇生法の進歩を航空技術の進歩にたとえる。かつては人間が空を飛ぶのは不可能だと思われていたが、1903年にライト兄弟が初飛行を成し遂げた。わずか12秒間にすぎなかった。しかし、その66年後には人類は月面に降り立った。パーニア氏の考えでは、蘇生の科学は現時点ではライト兄弟の段階にあるという。つまり、近い将来に飛躍的な進歩が期待できるということだ。

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