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あのマイカルの「倒産劇」を回顧して見える真理

1/4(土) 8:00配信

東洋経済オンライン

なぜ一時代を築いた企業は破綻に至ったのか。日米欧25社の「倒産」事例を分析した新著『世界「倒産」図鑑 波乱万丈25社でわかる失敗の理由』を上梓した荒木博行氏が全3回で3社のケースを読み解きます。

第3回は「マイカル」編。1963年、大阪で生まれた総合スーパー「ニチイ」がその前身です。1970年代、流通の主導権が百貨店からスーパーへと移る時代に業績を伸ばし、その後のスーパー冬の時代に失速した同社は1988年、「マイカルグループ」とその名を変え、安売りから生活づくり、街づくりへとコンセプトの舵を切ります。しかし大きく広げた風呂敷を畳み切れずに2001年、会社更生法申請に至りました。その道のりから、私たちが学ぶべき教訓とは? (本稿は荒木博行著『世界「倒産」図鑑』の一部を再編集したものです)

■「時間消費型」へと業態革新したイノベーター

 1963年、大阪・天神橋筋商店街の「セルフハトヤ」、千林商店街の岡本商店という衣料品店が中心となり、背広の製販問屋の「エルピス」、京都の「ヤマト小林商店」を併せた4社の合併によって総合スーパー「ニチイ」が誕生しました。

 日本の流通業界初の大型合併であり、「ニチイ」という社名は「日本衣料」、もしくは「日本は1つ」を略したものだと言われています。そして「セルフハトヤ」の社長だった西端行雄氏が初代ニチイの社長となり、残りの3人が副社長という体制で発足しました。

 合併当初は4社合計12店舗、年商27億円だったニチイはその後も合併を繰り返しながら、1972年には全国129店舗、年商1000億円を突破するまでに至りました。1974年には、念願の株式上場(大阪証券取引所第二部)を果たします。

 まさに総合スーパーの全盛期。日本の高度成長に合わせるように、1960年代に生まれた総合スーパーは、「チェーンストア理論」(本部で大量に仕入れて、各チェーン店舗で一律のものを大量に安く販売する方法)を背景に、百貨店に代わり小売業の主役になりました。

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最終更新:1/4(土) 8:00
東洋経済オンライン

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