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「塩と酒」から見えるスペイン屈指のリゾート「イビサ島」の素顔

1/5(日) 12:03配信

新潮社 フォーサイト

 

 2019年9月、「イビサ・フォルメンテーラ商工会議所」の招きで、西地中海に浮かぶ2つの島へ取材に出かけた。スペイン領バレアレス諸島に属するイビサ島と、その南6キロメートルの海上に浮かぶフォルメンテーラ島である。

 イビサ島は歴史あるリゾートアイランドとして知られる。

 1970年代にはヒッピーカルチャーの聖地として、また80年代以降はクラブカルチャーの発信地として、世界にその名を響かせた。この島のクラブやパーティーから生まれた「バレアリック」というダンスミュージックのムーブメントは、世界の音楽シーンに強い影響力を持っていた。

 90年代をピークにその動きは次第に陳腐化し、減速していったものの、今なお「イビサ」という地名は、特に欧米の人々にとっては、「バカンス」「リラックス」「自由」「華やかさ」「享楽」「頽廃」と同じ響きを持つ。

 フォルメンテーラ島も近年ツーリストが増え、スペイン本土からの直行船が航行するようになった。


■「スッピンのイビサ」とも言える食文化

 さて、ヒッピー文化やクラブミュージックが、お化粧をした「よそ行き」のイビサの顔だとすると、この島の食文化は知る人ぞ知る「スッピンのイビサ」ということになるだろうか。中でもフォーカスしたいのが、塩と酒類である。

 約2700年前に古代都市国家カルタゴのフェニキア人が港を建設したことに始まるイビサ島の歴史は、まさに地中海世界の覇権争いの縮図と言える。

 その後、ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国、イスラム諸国、アラゴン王国……様々な権力と文明がこの島を支配し、それぞれの色に染めてきた。

 イビセンカス(イビサっ子)たちは、その都度、支配者に統べられながらも、異なるカルチャーを吸収し、ライフスタイルに応用してきた。その中で育まれたのが、独自の食文化である。


■ナダル選手も愛飲する海水

 イビサを代表する産物は、昔も今も塩だ。

 地中海交易で名を馳せたフェニキア人は交易の各拠点に塩田をつくり、塩を世界に広めたことで知られている。カルタゴの支配下にあった時、島の特産品は塩と「ガルム(塩を使って作る魚醬)」と羊毛であった。

 イビサ唯一の製塩会社「サリネーラ・エスパニョーラ社」のディレクター、ホセ・マリア・フェルナンデス・ラモス氏が、イビサ空港近くの湿地に広がる塩田を案内してくれた。

「この天然の地形が塩田に向いていたことがイビサにとって幸いでした」とフェルナンデス・ラモス氏。

 塩は古くから「白い金」と呼ばれ、無尽蔵の資源から富を生み出す商材として、イビサを支配する時の権力者が、その製造と販売を独占してきた。

 しかし、19世紀後半に塩ビジネスにも翳りが見え、政府は1871年に同諸島のマヨルカ島の商人に塩田を売却。創立されたサリネーラ・エスパニョーラ社が製塩の近代化を図り、経営を立て直したという。

 スキーゲレンデのように見える真っ白な原塩の丘を背景に、バクテリアの影響でピンク色に染まった塩田が広がる。その上空をフラミンゴの群れが滑空していた。

 現在、塩田を含む湿地一帯は自然保護区に指定され、ここを棲家とする動物たちと共に景観が守られている。「それは塩が自然の恵みであることを証明しているのです」とフェルナンデス・ラモス氏は言う。

 製塩が古典的な海水の利用法だとすれば、「イビサ・イ・フォルメンテーラ・アグア・デ・マル社」のビジネスは、最も現代的な利用法と言えるだろう。

 ここでは、海水そのものを販売しているのだ。海の水をそのままボトル詰めにして販売? と、最初に聞いた時は私も首を傾げた。

 同社の経営者の1人、アルフォンソ・ゴメス氏によると、イビサ沖には海流の影響でプランクトンが高密度に存在し、ミネラル組成が極めて安定している特別な海域がある。そこから採取した海水は、我々の生体に取り込むのに最適な状態であるという。

 同社ではこの海域から採取した水を特殊なフィルターにかけ、健康補助食品として、また調味料として販売している。テニスのラファエル・ナダル選手も、コンディショニングのためにこの海水を愛飲しているという。


■食後酒にピッタリのハーブリキュール

 温暖で乾燥した典型的な地中海性気候のイビサ島では、良質のハーブがふんだんに採取できる。これを使ったハーブリキュールの製造を行っているのが、「マリ・マヤンス社」。

 フォルメンテーラ島で1880年に創業し、その後イビサに移転した。5代目当主のカルロス・マリ・マヤン氏によると、創業者のフアン・マリ・マヤンはバルセロナの蒸留所で働いた経験があり、その知識を島に持ち帰って起業した。

 看板商品の「イエルバス・イビセンカス」は、野菜のビーツから造ったスピリッツをベースに、島内で収穫される18種ものハーブ、ボタニカル(植物)を用い、浸漬・抽出を掛けて蒸留したもの。食後酒として、イビサ中の至るところでそのボトルと出会うほど、ポピュラーな存在である。欧米各国に加え、南米、オーストラリア、フィリピンなどに輸出されている(日本は未輸入)。

 私もイビサのレストランで食後にこれを試してみたが、ハーブ由来の苦味が口内に清涼感を与えてスッキリとさせ、消化促進効果もよく実感されて、すっかり滞在中の習慣になってしまった。


■伝播した「クラフトジン」ブーム

 昨今、世界的な広がりを見せるクラフト・ジン・ブームの震源地の1つはスペインのバルセロナであると言われるが、バルセロナからのアクセスが良いイビサ島にも、その動きは当然伝播している。

「ラウ」は、ツーリストとして島に来て、その魅力の虜になったドイツ人4人組が2014年に立ち上げたジン・ブランドだ。

 共同経営者の1人で、コミュニケーションとマーケティング、および味覚を決定する“舌”を担当するルナ・フォン・アイゼンハルト=ロツェさんによると、蒸留所自体は古くからイビサに存在したが、新たな蒸留所の操業許可が出たのは80年ぶりのことだったという。

「私たちが目指したのは、ロンドンジンのようにドライでクラシックなスタイルで、なおかつイビサの風土を十分に感じるジンでした」

 彼女の言う“風土”こそは、クラブでも豪華客船でもない、スッピンのイビサ──すなわち、彼らがこの島に魅せられた最大の要因であった。

「ラウ」のボタニカルで特徴的なのは、島に自生するジュニパー(フェニキア・ジュニパー)、ウチワサボテンの実(ナシのような味がする)、キュウリ、イチジク、ピメント・デ・パドロン(シシトウに似た小ぶりなグリーンペッパー)など。

 通常ジンに使われるレモンやオレンジは果皮を乾燥したものだが、ここでは年中柑橘類が穫れることから、生の果皮を使っている点もユニーク。

 蒸留水には塩田の近くの湧き水を使うという。試飲してみると、香りは柔らく、どこか温かみがあり、味わいは極めて複雑で後味に塩気が感じられた。このジンはすでに12個の国際的な賞を獲得している。

 ルナさん曰く、「イビサの魅力を言葉にするのは難しいけれど、このジンの香りを嗅いで貰えば、言葉以上にわかってもらえると思います」。


■ロゼに力を入れるイビサのワイナリー

 古くからイビサ島とフォルメンテーラ島には在来品種のブドウによる自家消費用ワイン造りの伝統があった。

 20世紀の前半には、バルクワイン(大量生産の安価なワインにブレンドする原料ワイン)の生産をする造り手もあったが、きちんとボトル詰めされ、国際的な評価に堪える、いわゆるクオリティ・ワインの生産が始まったのは1990年代後半と、つい最近のことだ。

 現在、イビサでは4つ、フォルメンテーラでは2つのワイナリーが操業している。両島のワインには土地の特性がよく表れている。

 イビサの「イビスクス・ワインズ」を例に、そのあたりを見てみよう。

 ディレクターのヘンリック・スミス氏によると、2007年に2人のスイス人、フランス人、イギリス人の計4人の投資家によって立ち上げられた。

 コンセプトは当初から明確だった。(1)イビサのワイン造りの伝統に敬意を表し、在来品種を使うこと(ブドウは同社と契約を結ぶ65の栽培農家から)、(2)スペイン北部沿岸の銘醸地リアスバイシャスからダビ・ロレンソ氏を招聘し、近代的な醸造を行うこと、(3)ロゼワインに特に注力すること、(4)そして厳格にエコロジカルな工程でワインを造ること。

 認証は取っていないが、ブドウ栽培は100%有機農法で行われているという(オーガニックは、ヒッピー文化とも親和性が高いことから、この島の多くの農家で実践されている)。

 在来品種とは黒ブドウの「モナストレル」と白ブドウの「マルヴァジア・グレク」を指す。いずれもスペイン本島に同名の品種があるが、長い年月をかけて変異しており、独自のキャラクターを持つという。近代化が遅れたことが逆に幸いして、島には貴重な古木も残る。

 同社では白、赤、ロゼ合わせて7アイテムを生産するが、そのうちロゼが3アイテムを占める。これは世界中のワイナリーを見回しても極めて珍しい商品構成と言える。しかも、通常ロゼワインはフレッシュさを身上とし、若いうちに消費されるワインとして造るものだが、ここでは2年、3年と熟成をすることができるように造っている。

 すでにメディアの評価も高く、価格的にもプレミアムワインの領域である。

18倍に拡大した生産量

 生産量の65%を占める「イビスクス・ロゼ2018」を試飲してみよう。

 深みのある花の香りに、チャーミングな赤い果実と柔らかなハーブの香りが交じる。酵母由来と思われるコクが味わいを豊かにしている。口中を洗うようなフレッシュ感があり、それが次の1 杯を誘った。

 紙のラベルを貼るのではなく、ガラスに透かし彫りを施すボトルデザイン、コルクではなくガラス製の栓、いずれもイビサの高級レストランやパーティーシーンに合いそうな演出がこらされている。

 ロゼに注力する理由について、スミス氏は「イビサのビーチで楽しんでもらうのに、もっともふさわしいのはロゼワインだからです」と答えた。事実、イビサ・フォルメンテーラのワイン産業の強みは、地元に大きな消費地があることだ。

「イビスクス・ワインズ」のワインは全製品の55%が島内で消費され、そのうちの80%が夏場、つまりバカンスシーズンに売れてしまうという。

 初年度は5000本だった生産量は2018年には9万本と18倍に拡大。今後は輸出にも力を入れていくとスミス氏が言うのは、当然のことだろう(2014年に日本にも輸入されたが、翌年が不作の年だったために、その年限りで取引が終わってしまった)。


■「名前を見ただけでもよだれが垂れる」

 イビサ滞在最後の夜、島の南岸に位置するイビサ・ヴィレッジから反対側の北岸の港町までタクシーを駆ってディナーを食べに行った。滞在途中にその存在を知った郷土料理をどうしても食べたかったのだ。

 ホテルのレセプショニストに料理名と店名を記したメモを見せ、店までの交通手段を訊ねると、レセプショニストは「この料理の名前を見ただけでもよだれが垂れそうです」と言ったものだ。

 静かな、小さな入江に面した店の名前は「ポルト・バランサット」、料理の名前は「ブイット・デ・ペイス」。ぶつ切りにした3種の魚をジャガイモとともに煮て、アイオリソースをかけて食べるシンプルな漁師料理だ。調理の過程で出るブロス(ブイヨンのこと)で米を炊いたパエリアのようなものがセットになっている。

 私はこの料理に「イビスクス・ワインズ」のロゼを合わせたが、まさに垂涎という言葉がふさわしい、見事なマリアージュだった。求めてきた「スッピンのイビサ」の真骨頂がそこに揃っているように感じた。

 

浮田泰幸

最終更新:1/5(日) 12:06
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