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目標の「勝ち点奪取」へ。助監督と3年生右腕、東大親子の挑戦

1/12(日) 11:04配信

週刊ベースボールONLINE

「赤門旋風」時のキャプテン

 創部101年の2020年、東大野球部のスローガンは「挑戦」に決まった。チーム目標は「勝ち点奪取」。昨年11月15日、新たな指導体制となった中で、親子によるチャレンジも始まった。

 新監督に井手峻氏(元中日球団代表)、助監督に大久保裕氏が就任した。大久保助監督の役割は、75歳の指揮官を側面からサポートする立場。1981年春、初めて同時に早大と慶大から勝ち点を奪取した際の「三番・遊撃手」の主将が大久保助監督だった。東大が最も優勝に近づいたシーズンと言われ、今も語り継がれている「赤門旋風」である。「同期の4年生では、7人が前年の旧チームからのレギュラー。神宮の経験だけでは、負けない自負があった。何よりも、メンバーに恵まれました」。個性派集団を束ねたキャプテンシー。「意見はぶつかり合いましたが、目的と目標は一緒だったので、最終的には皆が同じ方向へ進むことができた」。

 東大卒業後は社会人・三菱自動車川崎で3年プレー。「大学では見よう見まねでしたが、社会人で基本に忠実なプレーを一からたたき込まれました。打球へのアプローチから、体の正面に入り、正確な送球。40年近くが経過しても守備の本質は変わらない。井手監督の要望もあり、基本的なプレーの質を上げるよう心掛けています」。

 現役引退後は社業に専念し、2018年に退職。OB会からの就任要請を受け、母校のために尽力する形となった。「勝てるチームを作りたい。守備、走塁ともスキを見せるとツケ込まれるので、そのあたりを突き詰めていきたいです」。

 3年生には右投手の三男・英貴が在籍している。

 小学校時代に在籍した寒川タイガースでは、コーチだった父から野球の基礎を教わった。親譲りの秀才。大久保は神奈川トップクラスの県立校・湘南高、そして東大と父と同じ道を歩んだ。

「湘南か横浜翠嵐で迷ったんですが、部活動も勉強も高いレベルでできる湘南を選びました。洗脳教育ではないですが(苦笑)、中学時代、父と何度か湘南高校のグラウンドに練習試合を見に行きました。ちょうど、受験を考えていた時期で、刺激を受けたのは事実です」(大久保)

 湘南高では1年秋から控え投手としてベンチ入りし、2年秋からエース。3年春に右肩を痛めたことから最後の夏は力を出し切れず、県大会2回戦で敗退している。不完全燃焼だった。

「高校まではプレーしてほしかったですけど、まさか東大でまで継続するとは」と父の顔を見せると、大久保は赤門志望の理由をこう語った。

「文武両道を前面に指導していた、湘南高校・川村(靖)監督の影響が大きいです。『(国公立大でプレーできる)チャンスがあるんだから、野球をやるのが使命。背負っていけ!!』と言われ、監督から背中を押されたのは事実です」

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最終更新:1/12(日) 11:04
週刊ベースボールONLINE

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