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「橋田壽賀子」94歳が語った「安楽死」への心構え

1/12(日) 5:58配信

デイリー新潮

 日本では認められない安楽死を求めてスイスに渡った女性。去る6月、NHKスペシャルが取り上げて大きな反響を呼んだが、実際、安楽死を希(こいねが)う人は増えている。脚本家の橋田壽賀子さん(94)もその一人である。

 その女性、小島ミナさんは、徐々に全身の機能が失われる多系統萎縮症を患い、理想の死を求めてスイスに渡った。Nスペでは、本人も家族もテレビカメラの前に素顔をさらし、そのうえ、死の直前から直後までもカメラでとらえていたのが衝撃的だった。享年51。

 これに橋田さんは、

「小島さんは生きるのが辛いと感じつつ、家族の愛情も感じていたはず。それでも、大変な負担を背負ってスイスに行くほど彼女の意思は固く、ご家族もその意思を尊重されたのでしょうね。私は小島さんほど切実ではないし、安楽死の具体的な準備をしているわけでもありません」

 こう言いながらも、

「選択肢として安楽死という道があってもいい、とは常々考えています」

 と思いを語る。2019年2月には、「あのとき死ねていればよかった、という思いもある」というほどの経験をしたそうだ。

「ベトナムでクルーズ中に下血して、4日間、輸血を受けました。その後、日本からお医者さまに来ていただき、山王病院に入院しました。搬送費用は保険で賄えましたが、なんと2千万円。船上で食べすぎて、指を突っ込んで吐いたとき食道と胃を傷つけてしまったんですね。下血が止まらず身動きもとれず、“もうやめてください”と何度も頼みましたが、全然通じないし、通訳さんも訳してくれません。ジェット機で搬送中のことはなにも覚えていませんが、麻酔で意識がないまま死ねれば満足だったと思いますね。意識があるなかで苦しい思いをして死ぬのは嫌なんです」

「生きているうちは」

 加えて、「人に迷惑をかけてまで生きたくない」と強く訴える。

「私はもう作家として役立たずだし、80歳で南極に行って以来、たった一つの楽しみだったクルーズも面倒に感じるようになりました。家族もいませんから、私に生きていてほしいと思う人も、私がこの人のために生きたいという人もいません。仕事がなく、楽しみもなく、会いたい人もいないのなら、多額の医療費を無駄にしてまで生きるよりは、安楽死したいのです」

 そう思うようになったのは、80歳手前で狭窄症を患ってからだという。

「2度の手術をして動けるようになりましたが、また悪くなったとき、人に迷惑をかけてまで生きたくないと思いました。それを機に本を寄付したり、遺言を書いたりと、終活を始めたんです。“延命治療はしないでほしい”“葬式や偲ぶ会はせず、死んだことを誰にも知らせないでほしい”などと書いています。やっぱり遺言は元気なうちに、自分の手で書いてないとダメ。たとえボケても、遺言があれば当人の意思を大事にしてもらえますからね」

 批判も受けるという。

「“役に立たない人間はみな死ねということ?”というご意見をいただくこともありますが、そういうことではないんです。大事なのは本人の意思で、治る見込みがなく、本人も精神的に辛いのであれば安楽死が認められる、というシステムが日本にもできたらいいな、と思うのです」

 その希望は、生きることの価値がわかっているからこそ、なのだろう。

「生きているうちは、生きるための努力が大切。私は毎年人間ドックを受け、お医者さまに通い、筋肉を作るために毎日お肉を200グラム食べ、月水金には1時間程度、トレーナーさんのもとで運動をしています」

 そうする理由は、

「死ぬ瞬間までは元気でいたいし、自分の体は自分で動かしたいから」

 死を思うことが、健康と長寿に結びついているのは、疑いようがなさそうだ。

「週刊新潮」2020年1月2・9日号 掲載

新潮社

最終更新:1/23(木) 16:47
デイリー新潮

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