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90年代広島BEST9は? リーグ優勝1回と徐々に低迷期へ突入/プロ野球回顧録

1/13(月) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

近くて遠い90年代プロ野球――。いまから20年以上前、各球団ではどのようなことが起こっていたのか。プロ野球が熱かった90年代を12球団ごとに振り返る。

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91年に歓喜に沸くも……

 3度のリーグ優勝を成し遂げ、球団史上最も輝いた80年代を経て、90年代は“低迷期”へと突入していく。しかしその中でも「選手を育てる」という球団の方針が開花。その後のチームを支えていく選手が続々と芽を出し始めた時期でもあった。

 広島は2位で90年代をスタートさせる。実際は一度も優勝争いをすることがなかった2位だが、新人・佐々岡真司が大活躍。右肩痛で離脱した津田恒美の後を受け守護神の座に就くと、5月27日から8月10日まで17試合連続セーブポイントの新記録を達成した。

 91年は90年代で唯一、リーグ優勝に輝いた。投手陣では、先発に転向した佐々岡が17勝9敗で最多勝、最優秀防御率(2.44)の2冠に。さらにMVP、ベストナイン、沢村賞と総なめにした。ベテラン勢では北別府学が11勝で3年ぶりに、川口和久も6年連続となる2ケタ勝利(12勝)をマーク。抑えに転向した大野豊も14試合連続セーブのプロ野球新記録をマークするなど、32セーブポイントで最優秀救援のタイトルを獲得した。

 打線は若手が徐々に頭角を現し始めた。野村謙二郎が31盗塁で2年連続盗塁王に輝くと、高卒3年目の江藤智や2年目・前田智徳らが台頭。9月10日からの首位・中日との3連戦で3タテすると、首位奪取。10月13日、広島市民球場での阪神戦に佐々岡-大野の完封リレーで勝利し、5年ぶり6度目のリーグ制覇を成し遂げた。試合後は、就任3年目の山本浩二監督の胴上げに続き、史上初めて満員のファンが見守る中、グラウンドでのビールかけが行われた。西武との日本シリーズでは、先に王手をかけながら3勝4敗で敗退。シーズン後には津田が退団した。

チームを支える力が個々に成長

 92年以降3年間は「去る者」が相次いだ。4位に終わった92年は17年目・北別府が7月16日の中日戦で史上22人目の「200勝」を達成し、球団初の1億円プレーヤーに。その一方で、巧みなリードと独特なパフォーマンスで「球団史上No.1捕手」と言われた達川光男が現役引退。93年は球団史上25年ぶりの12連敗を喫するなど、終わってみれば19年ぶりの最下位で5年間指揮を執った山本監督が引責辞任した。

 94年には三村敏之が新監督に就任し、最後まで健闘するものの3位と優勝に届かず。広島ひと筋19年、エースとして球団史上最多213勝を挙げた北別府が引退を表明した。

 95~98年は2、3、3、5位という中、選手が個々に力を発揮。95年は主砲・江藤が本塁打、打点の2冠で、リードオフマン・野村も「トリプル3」の偉業達成。緒方孝市は47盗塁で初の盗塁王を、ルーキー・山内泰幸が14勝を挙げて新人王を獲得した。97年は東都リーグの逸材・澤崎俊和、黒田博樹がそろって活躍。澤崎が12勝で新人王に輝き、ロペスは2年連続打点王、42歳の大野は史上最年長での最優秀防御率(2.85)を獲得した。この年、野村は球団初の2億円プレーヤーになった。

 そして翌98年には、ルーキー・小林幹英が開幕戦で初勝利を挙げると、月間4勝1敗1Sで新人としては初となる4月MVPを獲得。一方で大野、正田という80年代からチームを牽引し続けた2人が、ともにユニフォームを脱いだ。

 99年は達川新監督にチーム再建が託されたが、佐々岡が15勝8敗と気を吐いた以外は不振。前年に続いて5位に終わり、ここからBクラスに沈み続ける“低迷期”に突入していくのである。

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最終更新:1/13(月) 16:01
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