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台地なのになぜ「窪」が付くのか 災害地名を読み解く

1/14(火) 17:42配信

NIKKEI STYLE

『地名崩壊』

「災害地名」という言葉を聞いたことがあるだろうか。災害との関連性が高いことを示す地名とされ、とくに東日本大震災の後に取りざたされた。「窪」や「谷」、「蛇」など、特定の文字や読みが入っている地名は、災害が起きやすい危険な場所である――こうした言説を「なるほど」と感じた方も少なくないかもしれない。

ところが、地名の読み解きはそんな「分かりやすい」ものでもないようだ。本書『地名崩壊』によると実際の地形とそぐわない地名の例は珍しくない。例えば「窪」とつく地名は、くぼ地ではなく平らな台地上にあることが多い。平らな土地を「平」と名付けても特徴を語ったことにならず、そこにあるわずかなくぼ地をネーミングするものなのだ。そしてそもそも、ここが本書の大事なところなのだが、その土地の特徴を表現した歴史的地名の多くが、今では失われつつあるという。

背景には関東大震災の復興事業など近現代の出来事や、住民のブランド志向などさまざまな要因が関わっているようだ。本書はそうした事情に触れながら、地名がどのように変化してきたか、いかに歴史的な地名が消えているかについて説明している。著者の今尾恵介氏は多数の著作がある地図研究家。

「わかりやすさ」と引き換えに失うもの

大正12年の関東大震災後に行われた復興事業に伴う区画整理は、現在の東京の交通網の基礎をなす画期的な事業だった。だがこのとき、町の統廃合に伴い数多くの地名が失われたという。

例えば現在の「銀座」エリアはもともと、南紺屋(みなみこんや)町、元数寄屋(もとすきや)町、弓町、鎗屋(やりや)町など江戸時代から続く多彩な町名があったという。だがそれらはすべて「銀座1~8丁目」とナンバリングされた。さらに銀座の東側にあった、江戸城修築に集まった製材職人を意味する「木挽(こびき)町」は「銀座東」と改称。このように既存地名を無くし「銀座」を称するエリアが続々と広がった。その理由として、地名には読みやすい常用漢字が推奨されたこと、すでに銀座が「ブランド地」として認識されていたことがあるようだ。

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最終更新:1/14(火) 17:42
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