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17歳の美少女、ビアンカ・デヴィンズの短い生涯と拡散された死

1/14(火) 17:45配信

Rolling Stone Japan

家族関係と精神への影響

仕事で人事と給与の管理をしていたキムは、ここから数ブロック先の家で生まれ育った。ビアンカを身篭ったのは17歳のとき。まだカトリック系の学校に通う高校2年生だった頃で、元夫のマイク(現在は機械工)と付き合い始めてまだ数カ月だった。キムが見せてくれた妊娠前の写真には、イン・シンクのコンサートに行くためにおめかしして、髪を2つのお団子にまとめた少女が写っていた。

妊娠しているのを知ったとき、彼女は怖くなった。だが、子供を産むことについては何の疑問も抱かなかった。「私の母は常々、自分はずっと母親になりたかったと言っていました」とキム。「それが母の夢だったんです。私もずっと同じように感じていました」

ビアンカは2001年10月2日に生まれた。その2年後には妹のオリビア(通称リブ)が誕生。ビアンカは妹をかわいがり、過保護なほど面倒を見た。キム曰く、リブがまだお腹にいたときからビアンカは自慢気に「わたしのいもうとよ」と言って、超音波画像を見せびらかしていたそうだ。

キムとマイクの最初の別れは2010年。彼女の話では、マイクは「かんしゃくを起して当たり散らすタイプ」で、ユーティカ警察によると、キムから何度も家庭内の問題で通報があったという。キムによれば、母親の身は自分が守らねばと思っていたビアンカにも、成長するにつれ徐々に父親の怒りの矛先が向かうようになった。2015年、マイクは永遠に2人の元を去り、ビアンカともほとんど連絡を取らなくなった(マイク・デヴィンズにも再三取材を依頼したが、返答は得られなかった)。

キム曰く、ビアンカは父親がいなくなってホッとしたと同時に、見捨てられたとも感じたようだ。「娘の人生に関わっていたときの彼は、いい父親でした」とキム。「でも興味がなくなったら、全然。寄り付かなくなりました」(ビアンカの親友ジャンナ・マレーと、ジャンナの母親エリカも同意見だ)。

キムによれば、ビアンカはノートルダム中学高等学校の中等部に入学した頃から精神疾患に悩まされ始めた。小学校3年生のときにすでに分離不安障害を経験してはいたものの、比較的外向的で周りからも好かれていた。だが思春期に入ると「すべてに興味を失ってしまったんです」とキム。ごく限られた人間には心を開き、アニメやイラスト、日本の音声合成アプリVOCALOIDといった趣味を共有していたが、中高生時代の彼女は周りから内気で心配性な子だと見られていた。レイチェル・シャンリーも「彼女はどこか浮いていた」と言う。

キムはビアンカを何人ものセラピストに診せたが、ほとんどがお手上げ状態だったそうだ。母親曰く、精神治療制度になかなか適合できなかったことが、後にコミュニティカレッジで心理学を専攻するという決断に導いた。

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最終更新:1/14(火) 17:45
Rolling Stone Japan

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