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「国体に初めて外国籍で出場したのは、僕なんだよ」高校生時代の宮澤ミシェルに手を差し伸べた人物とは?

1/14(火) 11:00配信

週プレNEWS

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第131回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは国籍による競技参加への制約について。宮澤ミシェルは、ロシアのドーピング問題のニュースなどを見て、高校生時代の自身に手を差し伸べてくれた、ある人物を思い出したという。

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ロシアがドーピング問題で2020年東京五輪・パラリンピックを含めて4年間、国際舞台から排除されることになった。2022年W杯カタール大会の出場も認められていないし、主要大会の開催も禁じられた。異議を申し立てているスポーツ仲裁裁判所がどういう判断をするんだろうね。

オリンピックやサッカーW杯は、国籍主義で行なわれるでしょ。これは国威発揚につながるけれど、今回のロシアのような問題が起きると、ドーピング不正に関わっていないロシア人選手も、ロシア代表として出場できなくなってしまって、かわいそうに感じるよ。

昨年のラグビーW杯で、ラグビー日本代表は日本出身選手や外国出身の帰化選手、外国籍の選手が一丸となって同じ目標に向かった。国籍主義をとらなかったからこそ、彼らは強大な『ONE TEAM』になれたと思うし、それが感動をさらに大きなものにしてくれたと思うんだよね。

東京五輪に出場するロシア選手は国旗を背負えないけれど、東京五輪アスリートという視点で見れば、『ONE TEAM』の一員なのは間違いないこと。国籍にかかわらず、大きな声援を送りたいし、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた選手を称えたいと思う。

こう考えるのは、僕自身が日本に生まれながらも、30歳までフランス国籍だったことで、さまざまな制約を受けたからってのもあるかもな。

毎年、各都道府県を持ち回りで行なわれている国民体育大会。実は国体に初めて外国籍で出場したのは、僕なんだよ。

僕が千葉県立市原緑高の3年生だった1981年に、八千代松陰高には山口久太(ひさた)という理事長であり、校長でもあった先生がいてね。山口先生は1911年(1993年没)の生まれだから、その時で70歳。白髪がかっこいい先生だった。

山口先生は千葉県内のさまざまな高校で校長を務められた教育者だったけど、サッカーの試合で八千代松陰高に行った僕を見て、「なんで彼は国体に出られないのか?」と不思議に思ってくれてね。

外国籍が理由で国体に出られなかったのは、僕だけじゃないからね。日本で育ったのに王貞治さんも張本勲さんも国体には出られなかったんだ。

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最終更新:1/14(火) 11:00
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