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下請け工場から、唯一無二のブランドに生まれ変わった「能作」: 地方都市の鋳物工場に見学客殺到

1/15(水) 15:10配信

nippon.com

出町 譲

富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」の工場には、年間12万人もの見学者が訪れるという。工場といっても単なる製造拠点ではない。カフェがあり、見学者自らが鋳物を作れる体験工房があり、もちろん、職人の“技”を間近で見ることもできる。鋳物のテーマパークのような工場には、能作社長の「伝統産業の鋳物職人を、子どもたちが素晴らしいと思うような仕事にしたい」との思いがあった。

富山県第2の都市である高岡市は、戦国時代、加賀藩・前田家が築いた高岡城の城下町。2代目藩主の利長が近隣の村から鋳物師を招いたことをきっかけに、鋳物産業が根付き、商都としてにぎわった。現在の高岡は人口17万人、中心街を歩くと、あちこちの店のシャッターが閉まったまま。典型的な活気を失った地方都市のひとつだ。

その中心部から車で20分近くかかる田んぼのど真ん中に、年間12万人もの見学者を集める地場産業の工場がある。鋳物メーカー「能作」だ。高岡市内で最大の観光スポットである国宝・瑞龍寺の17万人には及ばないものの、鎌倉、奈良と並ぶ日本三大仏と称される高岡大仏の10万人を上回り、市内2位の観光地となっている。県内はもちろんのこと、中国や米国などの外国人観光客も多い。

この工場の特徴は、鋳物の製造過程を公開していることだ。職人が汗を流しながら1100度の高熱で溶かされ真っ赤になった金属を鋳型に流し込んだり、鋳造した金属をロクロを使って磨き上げたりする工程を間近に見ることができる。

「効率」や「生産性」が声高に求められる時代に、高岡が戦国の時代から脈々と守り続けてきた地場産業の手わざの美しさに思わず引き込まれる。

スタッフの指導を受けながら錫(スズ)100%のぐい呑みなどを製作できる体験工房も人気だ。併設のカフェでは、能作の鋳物の食器で、地元食材をたっぷりと使ったメニューを楽しむことができる。鋳物のテーマパークのような存在なのだ。

現在の工場が落成したのは2017年のこと。旧工場時代も見学者は受け入れていたが、それでも、せいぜい年間1万人程度だった。工場移転から2年足らずで見学者を10倍増まで伸ばした原点となったのは、5代目社長・能作克治の「悔しさ」だった。

能作克治は、「よそ者」である。出身は福井県。もともとは大手新聞社のカメラマンとして大阪赴任中に「能作」の一人娘と知り合い、1984年婿入りするとともに、報道の仕事を離れ、義父の経営する「能作」の職人となった。今でこそ従業員150人の中小企業だが、当時は社員わずか8人で、問屋から受注した仏具や花器などを作る下請け工場だった。

能作には、忘れられない出来事がある。工場見学にやってき親子連れの母親が、作業している職人の存在を気にも留めず、息子にこう言ったのだ。

「勉強しないと、あんな仕事に就くことになるんだよ」

伝統産業がこれほど低く見られているのかと思うと、悔しかった。「子どもたちが素晴らしいと思うような仕事にしたい」―それまで以上に、必死になって腕を磨いた。下請け工場として仕事は順調だったが、やがて、“野心”が芽生えた。「お客様の顔を見たい」と考えるようになった。

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最終更新:1/15(水) 15:10
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