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世界タイトルマッチを控えるボクサーが恋に落ちた──映画『オリ・マキの人生で最も幸せな日』

1/16(木) 20:12配信

GQ JAPAN

第69回カンヌ映画祭「ある視点」部門を受賞した映画『オリ・マキの人生で最も幸せな日』が1月17日より公開される。恋するボクサーの実話をベースにした本作のみどころは?

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60年代の“自由な”空気

2016年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞した本作は、モノクロの16ミリフィルムで撮影されている。その意図は、物語の舞台が1960年代であることとどうやら関係している。とはいえ、「白黒画面によって古い時代っぽく見えるようにしました」といった単純な話ではない。1960年代の空気を、いや、もっと直接的には1960年代の映画、とりわけヌーヴェルヴァーグの諸作にしみわたっていた自由な空気を再現しようとしてのことだろう。そして実際、軽快なテンポを保つカットつなぎと相まって、この映画が実現する軽やかさとみずみずしさは素晴らしく魅力的だ。

物語は実話に基づいている。輝かしい戦績を残してアマチュアからプロへと転向したボクサーのオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)は、1962年、世界タイトル挑戦の機会が舞いこんだ矢先、女友達のライヤ(オーナ・アイロラ)と恋に落ちる。映画の後半、タイトルマッチを間近に控えて彼はライヤにプロポーズする。ライヤは答える。「あなたが世界チャンピオンになったら結婚するわ」。

……おお、この流れだけ見ればこれは「勝って。ロッキー、勝って」のパターンではないか。ところが本作はまったく『ロッキー』にはならない。それどころか過去のボクシング映画のどのパターンにも当てはまってはくれない。勇ましいクライマックスは訪れないし、ボクシング映画ならではのストイックさも、多くのボクシング映画が背負っているある種の求道者的な厳格さもここにはない。なぜストイックにならないかといえば、オリがボクシングだけに邁進するのを、あらゆることが邪魔しにかかるからだ。

開巻まもなく、オリはボクシングに集中できなくなる。それはライヤに恋してしまったせいだとわたしたちはまず思う。いまはボクシングに集中すべきときではないかといらだたしく思い、人によってはライヤを邪魔者だとさえ思うかもしれない。ところがよくよく見ると、オリに見えている世界はもっと厄介で面倒なものだとわかるだろう。プロボクサーだから仕方ないとはいえ、後援者の接待や、プロモーションのための広告出演などにオリは振り回される。挙げ句の果てに、オリのドキュメンタリーを撮りたいという映画監督が現われる。しかもその監督は、彼の日常をそのまま撮影するのならまだしも、キャメラの前で何をするかをいちいち指図し、撮影用の家まで用意し、オリ・マキという人物を「演出」によって作り上げていく。虚飾と虚構にからめ取られていくなかで、ライヤとの恋だけがオリにとってのリアリティなのであり、ライヤだけが彼をかろうじて現実につなぎとめてくれているのだ。

しかし、周囲に振り回されている彼を見るのも、巻き添えを食ってドキュメンタリー監督に「演出」されるのも、ライヤにとっては本意ではない。美容院で素敵なスタイルにセットしてもらった髪を、「これはほんとうのわたしではない」とばかりにぐしゃぐしゃにしたのち、ライヤは故郷へ帰ってしまう。精神的にも状況的にも混乱のなかに取り残されるオリ。このままではタイトルマッチなど戦えない。どうする、オリ?

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最終更新:1/16(木) 20:12
GQ JAPAN

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