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「母国に帰れなくなった助っ人」は、 なぜプロ野球で成功できたのか?

1/16(木) 6:40配信

webスポルティーバ

では、投手についてはどうだったのか。バルボンさんが活躍した時代、パ・リーグ各球団に"大エース"がいたが、対戦した印象を聞いてみる。

「南海(現・ソフトバンク)の皆川睦男やな、苦手は。皆川、下からやな。向こうはそんなピッチャーおらへんかった。でも当時の日本はね、下手投げ、どこのチームにも3~4人おって、もう1人、近鉄に武智文雄いう下からのピッチャーもおったよ。ときどきね、ボク、打ちにいってる、あの人まだボール持ってる。そんなことあったわ。カッカッカ。ものすごい苦手やったわ、ホンマに」

 苦手を語りながら楽しそうにしている野球人、滅多にいない。ほかに、南海の杉浦忠はどうだったのか。

「スギはね、1年目に27勝したでしょ? でもボク、4割5分ぐらい打ったんや。それがね、スギの2年目からは全然、打てんかった。ハッハッハ。あの人、横からのカーブがね、ものすごいブレーキがよかった。遅いのあったし、速いのあったし。あと、レイジングボール。これは速かったわ」

 杉浦は2年目の59年、38勝4敗でチームの優勝に大きく貢献。最多勝に輝き、防御率も1.40でタイトルを獲り、巨人との日本シリーズでは4連投4連勝を成し遂げている。

 さらに、同年に3年連続30勝以上を達成し、「鉄腕」と呼ばれた西鉄(現・西武)の稲尾和久は?

「稲尾はね、あの人、ボクの顔見たらな、いつも『チコさん、あなたもう嫌い』言うてくる。なんでか。ある日の平和台球場でね、ボク、1回表、先頭打者で本塁打打ったんや。ボクは本塁打、あまり打てへんかったよ。その時もマグレやった。ヘッヘッヘ。カンと打ったらギリギリ入った。で、あとから、だーれも塁に出んかった。ボク打った後はパーフェクトや。28人やな」

 通算276勝を挙げ、最多勝4回、最優秀防御率5回とタイトルを獲り、リーグ最多奪三振を記録すること3回。新人王、MVPにも輝いている稲尾だが、ノーヒットノーランは記録できなかった。最大のチャンスを逃した原因がバルボンさんだったから「嫌い」なのだ。

「2~3日前に甲子園で会ったときもそうや。『チコさん、私ね、あなたにホームラン打たれなかったら、ノーヒットノーランになってる。あなた嫌い、大っ嫌い』ってな。ハッハッハ」

(後編につづく)

高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

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最終更新:3/17(火) 14:18
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