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【グループCの時代】マツダ787Bのル・マン制覇には大いなる必然性があった【その7】

1/17(金) 12:04配信

Webモーターマガジン

ロータリー最後のチャンスで見事にル・マンを制覇

1980年-90年代、超ド級のレーシングカーが壮絶なバトルを繰り広げていた。最高出力1000ps、最高速400km/h、決められた燃料使用量でレースをいかに速く走り切るか、メーカーが知恵を絞ったことで様々なマシンが誕生したこともレースを面白くした。この短期集中連載では、そんなグループCカー時代を振り返ってみよう。第7回は「マツダ787B」だ。

【写真】1991 ル・マン24hでの活躍振りをもっと見る(全4枚)

日本メーカーのグループCカーと言えば、まずはこの1台。1991年のル・マン優勝車マツダ787Bである。

マツダのル・マン挑戦は1973年のシグマへのロータリーエンジンの供給に始まり、マツダ・オート東京(のちのマツダスピード)によるIMSA仕様RX7での挑戦(1979~82年)、グループCの下位クラスであるCジュニア及びC2クラスでの参戦を経て、1986年からいよいよマツダ本社も関与を深めての総合優勝を狙っての戦いに入った(クラスは重量面で有利だったIMSA-GTP)。

その間にマツダ渾身のレーシングロータリーは2ローターから3ローター、そして4ローターへと進化。シャシーも1986年からイギリスのナイジェル・ストラウド設計になってから急速に洗練され、1990年に期待の787が登場。だが、この年のル・マンは2台揃ってリタイアの惨敗に終わる。

翌1991年のル・マンは従来のグループCと3.5L NAの新規定グループCが入り混じる過渡期で、ロータリーエンジンにとっては最後の挑戦機会だった。マツダはこの一戦に向け、787のシャシー/エンジンに徹底改良を施したグループCカー、787Bを送り出す。

200項目以上に及んだという改善項目をマツダ/マツダスピードの総力体制でクリアしたこのニューマシンは、抜群の信頼性を誇り、巧みな事前ネゴシエーションでIMSA-GTP時代と同様にライバルに対してマイナス100kgの最低重量も維持できた。さらには当時の最新レーシングテクノロジーだったカーボンブレーキも採用していた。

迎えた本番、パワーで勝るライバルのメルセデスC11やジャガーXJR-12に対し、重量・燃費で優位に立つ787Bは一歩も引かない争いを展開。ついに残り3時間を切ったところでメルセデスのトラブルに乗じて首位を奪取。そのまま栄光の24時間目を迎えた。

もちろん日本車にとっては初優勝。大殊勲のカーナンバー55=シャシーNo.002の787Bはその後完璧にレストアされ、現在もマツダに保管されている。

マツダ787B(1991年)主要諸元

・全長:4782mm
・全幅:1994mm
・全高:1003mm
・ホイールベース:2662mm
・車両重量:845kg
・エンジン型式:R26B
・エンジン:4ロータリー
・排気量:654cc×4
・最高出力:700ps以上/9000rpm
・最大トルク:620Nm以上/6500rpm
・トランスミッション:5速MT
・駆動方式:MR

Webモーターマガジン

最終更新:1/17(金) 12:04
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