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「日本初のタワマン」が建てられた、超・意外な街とは?

1/17(金) 11:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

人口減少の局面になり、厳しさが増す不動産投資。今後、どこが投資エリアとして有望なのか。不動産投資には欠かせない要素である「人口」や「不動産取引の現状」などをもとに、検討していく。今回紹介するのは、日本で最初にタワーマンションが誕生した街。

「日本初のタワマン」は、いつ、どこにできた?

何かと話題になることの多い「タワーマンション」だが、その呼称に法的な基準はなく、階数による定義もない。しかし建築基準法や消防法で、31m、60mと、建物の高さで基準が異なり、このうち高さ60m以上の建物が超高層建築物とする考え方が広まっていることから、高さ60m以上、階数にすると20階以上のマンションをタワーマンションと呼ぶことが多いようだ。

このタワーマンションだが、高層階からの眺望やハイスペックな施設・サービスによって近年人気となったが、一方で、昨年の台風被害により、災害時の危うさがクローズアップされている。

メリット、デメリットを顧みて、それを良しとするかどうかは、選ぶ人の価値観によるものだが、ところで、日本で初めてタワーマンションは、いつ、どこにできたか、ご存じだろうか。

諸説あるが、まず1971年に東京都港区三田にできた「三田綱町パークマンション」。しかし高さ52m、19階建てのツインタワーであることから、「タワマン」ではなく「高層マンション」の先駆けとして語られることが多い。前述のタワーマンションの定義による、日本第1号のタワーマンションが誕生したのは、埼玉県さいたま市。旧与野市に1976年に誕生した「与野ハウス」である。高さ66m、21階建て、総戸数463戸の大規模マンションだ。

最寄り駅でいうと、JR埼京線「北与野」駅。昨今は東京都心の再開発地区や臨海部に建てられることの多いタワーマンションだが、黎明期である1970年代は状況が異なる。当時は、日照権や敷地面積確保などの課題により、都心部にタワーマンションを建てるにはハードルが高かった。「与野ハウス」ができた当時、周辺にある建物といえば、戸建てや数階建てのアパートくらいで、隣駅のさいたま新都心の高層ビル群もなかった。

1997年、建築基準法の改正で共用部分が容積率算出上の延床面積に算入されなくなったことや日影規制の緩和などにより、人口集積地域にもタワーマンションの建設が可能になった。今日では、駅前の再開発といえば、まずはタワーマンションというくらい、いたるところで建てられている。地域のランドマークになりやすいことからも、今後も都心ばかりでなく、郊外でもタワーマンションは増えていくだろう。

そんなタワーマンション第1号が誕生した、さいたま市中央区、旧与野市は、どのような街で、どのような可能性を秘めたエリアなのか、不動産投資の観点で見ていこう。

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最終更新:1/17(金) 11:00
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