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”女性専用車両ネタ”で作られる「女の敵は女」という偏見の、最悪の実害

1/19(日) 8:00配信

webマガジン mi-mollet

今は自由業で通勤ラッシュ時に電車に乗ることはほぼない私ですが、中学生の頃は電車通学をしていて、よく痴漢にあいました。電車の中で、こっちに露出狂、逆サイドに逃げたらまた露出狂、みたいな笑えない冗談みたいなこともありました。その狙われる理由を自分なりに分析すると、昔から身体が豆粒的に小柄で細く、色白だったからじゃないかと思います。いかにも無力そうでひ弱そうで、獲物としてぴったり。今以上に女性が声を上げにくい時代だったからでしょうか、街で見知らぬおっさんが「なんか買ってあげようか……」とじわっと近づいてくる、夜道で露出狂がついてくるみたいな体験(露出狂体験がめっちゃ多かったんですよマジで)も、一度や二度ではありません。女性専用車両ができたとき、学校は卒業していましたが、なんていいシステムだろうと思いました。

 この週末はセンター試験が開催ですが、あるんですねえ、こんな最悪なことが→卑劣な「センター試験痴漢」 受験生は「試験に間に合わない」と声をあげられないから狙い撃ち。これといい就活セクハラといい、若い人が人生をかけ、思考がいっぱいいっぱいの瞬間につけこむとか、ほんとに言語道断としか言いようがありません。これを報じたのが、それまで「頭古すぎ」と感じていた立川志らくさんの番組「グッとラック!」で、お!と思ったのですが、翌日の「女性専用車両」に批判的な番組をTBSでも⇒若林有子アナは「私は懐疑的」と異論という今どき冗談かと思うような、性差別まるだしの特集が。この2つのニュースが完全に相反することを理解していない、その思考回路に、もしくは無節操ぶりに、げんなりしました。まあどっちも志らくのせいじゃないんでしょうが。

女性専用車両は女の争いの巣窟!?

なんでかよくわからないのですが「グッとラック!」の前日に、同じネタを「羽鳥慎一のモーニングショー」がやっています。同じ制作会社がネタの使い回しで両方の番組に出したら、通っちゃったってこと? いや、単なる憶測ですけど、ほぼ同じ内容ーー「女同士の戦いが勃発する女性専用車両が怖くて、最近は乗りたからない人が多い」ーーだったんで。まあその詳細は「女性専用車両」取り上げたテレビ番組、女性蔑視だと批判の声をご覧いただきたいのですが、かいつまんでいうと「そういう無礼な人は性別の問題じゃないだろ」という話をさも女性の特性のように並べたて、さらに「男の目がないから好き放題」とか言い出した日には、キミら大丈夫か?と心配になりました。さも男の視線が女性の”はしたないふるまい”に対する抑止力になっているかのようなちゃんちゃらおかしいその言いっぷりには、「そんなことホザいてる暇があったら、男女車両の男性が同性の痴漢という”人間として最低な行為”に対する抑止力になってくださいよ」とテレビ画面に叫びました。

人のいいご婦人たちがそういう嘘を素直に信じてしまわないよう、私からは、こうした番組が恣意的に提示する「雑すぎるアンケート調査の数字」を指摘しておきましょう。「羽鳥慎一のモーニングショー」では、「女性車両に乗りたくない女性急増」とかなんとかいう事実の裏付けとして、50人中35人の女性が「乗らない」と答えたというアンケートを提示しています。「そもそも50人っていう分母の少なさはどうなんだ」って話は、まあ目をつぶってあげるとして、その50人の特性は?いつ、どこで、どんな50人に聞いたのか。年齢分布、職業分布、地域分布、使用路線の分布、勤務形態、さらに「乗らない理由」は?

ぶっちゃけ私は女性専用車両に乗りません。なぜかといえば、私は自由業で通勤ラッシュ時(つまり専用車両が営業中の時間)に電車に乗らないし、たとえその時間でも、いつも時間ギリギリなので女性車両まで移動する時間がない、そこまで移動するのも億劫。さらに鋭敏な痴漢レーダーを持ち、精神的にも痴漢に負けない、負けてたまるかよと、思っているからです。
さらにいえば、アンケートが言うように「女性の75%が乗りたくないと思っている」女性車両は、乗りたがる人いなくてガラガラなんですか?っつう話で。

この特集の放送の、特に「羽鳥慎一のモーニングショー」の本当に気分が悪いところは、番組にいる若い女性アナウンサーに、「だから女は」という部分も含めて、全面肯定させていることです。そこには「女性差別女性差別って好き放題にやってるけど、実際のところそういう女をイヤがってるの、男だけじゃないんだからさ」という、誰か知らんが、この企画をやろうと決めた人の意図が透けて見えます。つーか、丸見えです。

もちろんその若い女性アナウンサーが、女性専用車両に乗らない、好きじゃないということを否定する気はまったくありません。私だってレストランとかカフェであまりに無礼な扱いされたりすると、それがたった一度の経験でも次に行こう思いません。実際にそういう不愉快な目にあったんでしょう。でもそうした嫌な体験を「女性一般」に広げて語ること(もしかしたら台本通りに、語らせられていること)には、疑問を感じます。たとえ彼女は無意識だったとしても、「ほーら、女だってそう思ってる人いるじゃん」という、差別的な男性の理屈の補強や、女性の分断に利用されているわけで。

さてこういう「女の敵は女」という刷り込みの害悪は、クラスのアイドルの座をめぐる嫉妬の応酬とか、なぜか私の交通費だけ処理してくれないお局様とか、そういった比較的無邪気な場面にとどまらないことも、言っておかねばなりません。

偏見を刷り込まれた女性は、誰かに嫌な思いをさせられた時、それが女性である場合に限って、無意識に「だから女ってイヤ」と思うようになります。例えば女性がマウンティングしてきたら「女ってめんどくさ!」と思うけれど、同じことを男性にされても「マウンティング」とすら思わない「はいはい、男だから女の上に立ちたいのね」と半ば許容してしまいます。それは「男性性は、力と支配である」とか「男性は許されるけれど、女性は許されない」という考え方の容認であり、「男は女に対して支配的でも許される」「男のほうが上」という男性側の認識を補強するものです。その積み重ねが悪質なセクハラやDVやレイプへ繋がり、それを正当化してはばからない男性側の精神性に繋がります。実害で比較すれば「香水臭い女」なんて問題になりません。

ええ、もちろん理解しています、ここまで読んで「そんな大げさな」「そこまで目くじら立てず」と思う女性もいることは。でもこういう細かいところをいちいち指摘し、潰していくことでしか、社会の共通認識は変わっていきません。この30年「目くじら立てず」にやってきた結果が、ジェンダーギャップ121位ってことなんですから。

渥美 志保

最終更新:1/19(日) 8:00
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