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地方共通の悲願「若者に観光してほしい」「移住・起業してほしい」を達成するために必要なこと【「ビジネス」としての地域×アート。BEPPU PROJECT解体新書】

1/22(水) 20:01配信

FINDERS

中高年・男性・団体客ばかりの別府になぜ若者が訪れるようになったのか

海と山に囲まれた扇状地に無数の温泉が湧く別府の街には、戦前の建物が数多く残されています。その間を縫うように古い路地が網状に伸び、いつのまにか街の奥深くへと誘われていく。僕はそこで出会う風景と超個性的な人々に魅力を感じ、それをいつからか別府らしさと感じるようになっていきました。

BEPPU PROJECTの活動は、この街の魅力がなければ始まりませんでした。

2005年、BEPPU PROJECTは資金ゼロ、経験も人的ネットワークもまったくない状態で活動を開始しました。発足後まもなく、僕らは別府の街を紹介する小冊子を作りたいと考えました。まずはステレオタイプな別府のイメージを変え、僕らの感じた街の魅力をアーティストやそのファン層に伝えることが必要だと考えたのです。

その制作費を得るために挑戦した補助金申請のプレゼンテーションで、僕は審査員の1人に印象的なご意見をいただきました。

「アーティストや、アートファンにあたる若年層・女性・個人客は、そもそも別府の主要なターゲットになり得ないのではないでしょうか」

確かに、別府市旅館ホテル組合連合会の調査によると、当時別府を訪れていた観光客の大半は中高年・男性・団体客でした。しかし、その層に向けてはすでに十分別府のイメージは浸透していました。さらに5年・10年先を見据えると、若い層や女性にも別府の魅力を発信することが大切ではないか。であれば、別府の未来にとって必要なのは、これまでとは異なる手法での情報発信や、新たな市場開拓ではないかと考えたのです。

前回の記事「2008年、シャッター街の再生を目指した『platform』構想」(リンクは記事の一番最後にあります)でお話しした「platform」は、この考え方を加速するために重要な役割を担った事業の1つでした。

商店街の元菓子店をリノベーションしたplatform02は、アートギャラリーとして活用しました。地域の若手アーティストの発表の場となるよう、後にレンタルスペースとして安価に貸し出すと、地元アーティストによる展覧会や、県内工芸作家の展示即売会などが開催され、県内外のアートファンや若い女性客が訪れました。

platform03は、当初は大学の研究室が運営するコミュニティカフェ兼就労支援施設でした。その後、別府にある立命館アジア太平洋大学のゼミの分室として引き継ぎ、ブックカフェとして一般に解放し、地域の方々にも親しまれていました。

platform04は「別府の町のミュージアムショップ」というコンセプトのセレクトショップです。BEPPU PROJECTが関わるアーティストのグッズや、地域の工芸品・食品など、別府らしさが伝わる商品を取り揃え、今も営業を続けています。

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最終更新:1/22(水) 20:01
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