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【日本ワイン生産者の肖像】小山田幸紀さん(ドメーヌ・オヤマダ)|自分の人生や思想をワインに表現、その高い到達点を目指して

1/25(土) 15:02配信

サライ.jp

取材・文/鳥海美奈子

「ワイン造りは、農業としての芸術表現だ」

山梨県にあるドメーヌ・オヤマダの当主・小山田幸紀さんは、そう語った。

その勉強会は、毎年冬に開催される。初期メンバーはドメーヌ・タカヒコの曽我貴彦さん、農楽蔵の佐々木夫妻、Kondoヴィンヤードの近藤良介さん、小布施ワイナリーの曽我彰彦さん、Kidoワイナリーの城戸亜紀人さん、酒井ワイナリーの酒井一平さんたち。いずれも現在、日本ワインの先端に屹立する生産者である。
約15年前に勉強会が始まったばかりの頃、小山田さんはそこにある本を持参した。それが宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』だった。朗読するのはいつも近藤良介さんの役割である。

「おれたちはみな農民である/ずゐぶん忙しく仕事もつらい/もっと明るく生き生きと生活する道を見付けたい/(略)曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた/そこには芸術も宗教もあった/いまわれらにはただ労働が/生存があるばかりである/宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い/ (略)いまやわれらは新たに正しき道を行き/われらの美をば創らねばならぬ/芸術をもてあの灰色の労働を燃せ/ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある」

農業は芸術を表現しうるものだという宮沢賢治の晴朗で、高らかな農業宣言。科学万能主義を否定し、農業は美と芸術、そして創造だと謳いあげる。

ときは、日本ワインの黎明期。そこに集う生産者は当時、誰もがまだ20代後半から30代前半だった。この誇り高い言葉と思想、あまりある熱情を胸に、未来への扉を押し開こうとしていた。

「あの頃、農業でなにかを表現していきたいと考えていた自分の心を捉えたのが、この本だったんです。読んだ瞬間、あ、これだと思えた。昔の農家は貧しくて学問をする状況になかったので、農業からは表現というものが生まれなかった。つねに搾取される側だったわけです。でも現在は農業に携わる人も大学に行くのがあたり前の時代だし、いくらでも勉強ができる。だから、今後は農家も自分の意見を持ち、そして芸術として表現していくんだ、と。自分の場合はそれがぶどう栽培、そしてワイン造りだと思えたんです」

勉強会では、自分のワインを持参するのも慣例だった。試飲は銘柄を隠した、ブラインドの形で行われる。

「まだ若かったし、みんなぎらぎらしていて、試行錯誤で右も左もわからない状態でした。テイスティングも初期のメンバーは、容赦なかったですね。“こんなもの飲めない”とか、“クソまずい”とか、平気で言ってましたから。社会人としての青春時代だったと思います。宮沢賢治の著作を朗読していたスピリチュアルな時期を経て、その後も、このメンバーのあいだにはさまざまなブームがあって。全員で一気に農薬をやめて、全員ぶどうが壊滅的になったり。でもいまはみなそれぞれの道を確立しているので、1年に1回、互いの安否確認に集まるといった感じですね」

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最終更新:1/25(土) 15:02
サライ.jp

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