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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・巨人軍(ジャイアンツ) 第5回 2010年代が巨人軍に残したもの――FA組と育成選手

1/26(日) 10:00配信

デイリー新潮

「王・長嶋の時代はなぁ」と遠い目をするオールド・ファン、「ゴジラ松井までは」追っかけていた団塊ジュニア世代、そして、いつの時代にも存在するアンチ巨人……誰もがいまだに巨人軍の“幻影”を追っている。

 しかし、現在のリアルなジャイアンツとは――。当代一の“巨人ウオッチャー”が、選手、監督・コーチ、球団・球場、ファンを切り口に「令和の巨人軍」の実像に迫る! 

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2人の“育成の星”

 圧倒的な格差社会がそこにあった。

 数年前、初めて巨人宮崎キャンプ取材へ行った際の話だ。広大な敷地内の施設を見て回ると1軍、2軍、3軍でそれぞれ球場のグレードがまったく違う。スター選手が集う1軍の緑の芝が眩しいサンマリンスタジアムには観客や報道陣が集結、まさにスポーツニュースでいつも見るプロ野球の華やかな世界である。

 それが2軍練習場のひむかスタジアムは黒土のグラウンド上に強風で土ぼこりが舞う中、見物人もまばら。男子トイレでいきなり頭を洗う中堅投手と遭遇するハードな環境だった。おぉプロの世界は厳しい……と痛感していたら、さらに3軍練習場に向かい驚愕した。まるで草野球で使う町営グラウンドのような場所でファンも報道陣もほとんどいない。育成選手たちが文字通り汗と泥にまみれ白球を追いかけるリアル。間違いなく、高校や大学の強豪校の設備の方がはるかに充実しているだろう。ついでに宿舎も1軍はプール付きの豪華ホテル、2軍以下は部活動の合宿場のような雰囲気だった。

 プロ野球に育成選手制度が導入されたのが、2005年のことである。巨人がその秋の育成ドラフト1巡目で指名したのが山口鉄也、翌06年の育成ドラフト3巡目が松本哲也だ。彼らは立て続けに支配下枠を勝ち取り、山口は08年、松本は09年のセ・リーグ新人王に輝いた(育成から支配下登録へは07年2月松本、07年4月山口の順)。アメリカのルーキーリーグで4年間プレーするも芽が出ず、巨人入団テストを受け、育成選手から球界屈指のセットアッパーまで成り上がり、プロ野球記録の9年連続60試合登板を含む通算642試合に投げた鉄腕・山口。身長168cmの小柄な体形ながらも、09年にゴールデングラブ賞を獲得後は貴重な守備固めとして通算591試合に出た松本。いわばこのふたりが「育成の星」となり、巨人はその後も育成選手を増やしていく。

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最終更新:1/26(日) 10:00
デイリー新潮

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