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金子みすゞに感じる「観音さまの目」 清水寺貫主・森清範氏の愛読書

1/29(水) 17:41配信

NIKKEI STYLE

年間数百万人が訪れる京都でも指折りの古刹のトップとして、30年以上、教化や指導につとめてきた。毎年12月の「今年の漢字」の揮毫(きごう)でも名高い。
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15歳で得度して清水寺に入り、その後、禅の臨済宗妙心寺派の系列の花園大学で学びました。毎週、月曜日の朝一番は当時学長で、その後に妙心寺派の管長も務めた山田無文先生の講義です。必修で全員が出席せねばなりません。禅の言葉で「提唱」と呼んでおり、師が宗旨などに関して弟子に説法をする意味です。

学問と仏道の行を一体としたような内容で、山田先生の生い立ちや実体験がにじみ出ていました。著書に活字として残っており、折に触れては読み返しています。本にある通り、父親は先生を裁判官にしたかったようなのですが、先生は10代で「論語」顔淵第十二にある「訴えを聴くこと、われなお人のごとし。必ずや訴えなからしめんか」に触発されました。

「訴えに関しての判断は私にもできる。しかし、訴えのない世界を作ること、それが私の願いだ」という意味です。先生はこの言葉に打たれ、遍歴の末、チベットへの探検でも名高い高僧、河口慧海と出会うこととなり、仏道の修行に入るわけです。

著書には講義での良い話が多く残っています。年を経て読んで、味わいが出てくるようで、書物のありがたさを感じています。

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長く清水寺の貫主をつとめ、仏教界の要職も歴任した大西良慶和上。日本初の五つ子の名付け親としても話題に。そばにつかえ、その日常に接してきた。
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和上は中国の4世紀の書家、王羲之に発する入木(じゅぼく)道という手法で書をしたためていました。字の通り、木に染み込むほど、たっぷりの墨を使います。

「訴えに関しての判断は私にもできる。しかし、訴えのない世界を作ること、それが私の願いだ」という意味です。先生はこの言葉に打たれ、遍歴の末、チベットへの探検でも名高い高僧、河口慧海と出会うこととなり、仏道の修行に入るわけです。

著書には講義での良い話が多く残っています。年を経て読んで、味わいが出てくるようで、書物のありがたさを感じています。

長く清水寺の貫主をつとめ、仏教界の要職も歴任した大西良慶和上。日本初の五つ子の名付け親としても話題に。そばにつかえ、その日常に接してきた。
和上は中国の4世紀の書家、王羲之に発する入木(じゅぼく)道という手法で書をしたためていました。字の通り、木に染み込むほど、たっぷりの墨を使います。

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最終更新:1/29(水) 17:41
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