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20年ぶりのキリマンジャロ登山で変わったこと・変わらなかったこと

1/30(木) 17:40配信

YAMAKEI ONLINE(ヤマケイオンライン)

過去の登山記録は、どんな形でもいいから、できるだけ詳しく残しておきたい。改めて目を通したときには、記憶も鮮やかに蘇る――。山岳防災気象予報士・大矢康裕氏が2度めに訪れたキリマンジャロでは、過去のキリマンジャロ登山の記録と記憶によって、さらに想い出深いものになったという。

ひとりで登るより仲間たちと一緒に登った方が楽しい

キリマンジャロ登山の連載の最終回。私が2度目のキリマンジャロ登頂を通じて見たこと、感じたことを中心にお伝えしていきたいと思います。

私の最初のキリマンジャロ登頂の時は個人でキリマンジャロ登山ツアーに参加しましたが、2度目の時は所属するデンソー山岳部の50周年記念登山でした。16名(うち女性3名)の参加者で、28歳から70歳という幅広い年齢層でした。

私はキリマンジャロ登頂の実績を買われて、当時のデンソー山岳部部長から参加を打診されていましたが、個人的には欧州大陸最高峰のエルブルース(5642m)に登りたいという気持ちが強かったため、どうするかかなり迷いました。しかし、山岳部部長の50周年記念登山を成功させたいという強い熱意に負けて、2度目のキリマンジャロに向かうことになりました。

一緒に行くメンバーと勉強会を開催したり、訓練のための登山に出掛けたり、約一年間の準備期間の後、現役隊10名は最高点ウフルピーク(5895m)に全員登頂、OB隊6名はギルマンズポイント(5685m)に全員登頂しています。2度目のキリマンジャロピークは最初の登頂の時の数倍にも匹敵する嬉しさがありました。

やはり、みんなで協力し合って登るのは本当に楽しい。以下は、日本から同行した登山ガイドによる登頂後のコメントです。

『現場では想像以上の高度障害に多くの隊員の方が苦しめられました。その時に、メンバー全員でこの登山を成功させたいという強い気持ちを、皆様と共に頂上直下の急斜面を登っている時に感じました。こういった感覚は山岳ガイドを長年やっておりますが、しばらく忘れていた「仲間との充実したひと時」としてかつて味わった山登りの醍醐味だと改めて気付かされました』

私を2度目のキリマンジャロに導いてくれた山岳部部長は、キリマンジャロを目指す直前で病が発覚してキリマンジャロ登頂を断念、4年後には病に倒れて残念ながら帰らぬ人となりました。

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