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元榮太一郎「僕の勝ち方」(1)弁護士ドットコムを起業

2/1(土) 16:30配信

SmartFLASH

 国会議員の所得ランキングで、ここ2年連続で2位にランクインしているのが、参議院議員の元榮太一郎氏(44、自民党)だ。

 弁護士資格をもつ元榮氏は、代表弁護士を務める「弁護士法人 法律事務所オーセンス(以下、オーセンス)」と、法律で困っているユーザーと弁護士をつなぐための法律相談サイト「弁護士ドットコム」をおもな事業とする、「弁護士ドットコム株式会社(以下、弁コム)」の創業経営者でもある。

 1999年に司法試験に合格した元榮氏。1年間の司法修習を経て2001年から、“4大” と呼ばれる大手法律事務所のひとつ「アンダーソン・毛利法律事務所(現在のアンダーソン・毛利・友常法律事務所)」で、弁護士のキャリアをスタートさせる。

「アンダーソン毛利では、一般企業では現場社員にあたる『アソシエイト(勤務弁護士)』として、案件ごとにチームに組みこまれ、大企業向けの企業法務を担当しました。

 当時は、『M&A』がちょうど盛り上がり始めたころ。企業買収案件は、まだ最先端の法律事務所でしか扱えない状況で、アンダーソン毛利には依頼が殺到していました。

 繁忙期には、午前9時から翌日の午前5時までが毎日続くということもザラで、ガムシャラに働いた。のちに起業したとき、膨大なの実務作業をめげずにこなせたのも、このときの経験があったからだと思います」

 キャリア上では、順風満帆に “エリート弁護士” の道を歩み始めた元榮氏。だがじつは、司法試験に合格した翌年の2000年に、大きな転機を迎えている。

「司法修習が始まる春のこと。ようやく読み始めた『日経新聞』の “とある記事” に、突然カナヅチで打たれたような衝撃を受けました。その記事には、こんなことが書いてあったんです。

『司法制度改革で、新入法曹人口3000人時代へ――。試験一本から、ロースクール制に』

 そのときはまだ、『司法制度改革審議会』が中間報告を発表した段階でした。でも、『制度改革で、司法試験合格者数が1000人から3000人に増える』という事実に、正直、心のなかでは、椅子から転げ落ちたような気持ちでした。

 なにせ、『受かって弁護士になったら一生安泰で、いいことずくめに違いない』という浅はかな気持ちで “狭き門” をくぐったら、突然うしろで扉が大きく開いたんですから(笑)」

 当時の弁護士は、大半が「イソ弁(居候弁護士)」と呼ばれる勤務弁護士を経て独立し、一国一城の主になれば、まず食いっぱぐれることのない時代。しかし、このタイミングで起こった “青天の霹靂” が、元榮氏にとっては好機になった。

「結果的に、23歳という若さで、この司法制度改革を体験できてラッキーでした。20~30年も伝統的な弁護士スタイルで過ごしたあとに、突然ルールが変わったら、時代の変化に対応できなかったかもしれないからです。若さのおかげで、すぐに気持ちを切り換えて、こう考えるようになりました。

『これからは、今までと違う弁護士のスタイルが求められる時代がくる。“バッジがあれば左うちわ” ではいられない。競争を前提として、自分を差別化していかなければ』

 20代前半ですから、ここまで明確に言葉で整理できていたわけではありませんが(笑)、『どういう弁護士になったらいいのか』ということを、いち早く考え始められたんです。司法修習中も、アンダーソン毛利に入ってからも、その課題をずっと考えていましたね」

 次の転機が訪れたのは、2003年秋のこと。急成長を遂げていた、大手ITベンチャー企業との出会いだ。

「2003年秋に、楽天がDLJディレクトSFG証券(現在の楽天証券)を買収・子会社化するM&Aチームに加わったんです。当時の僕は、実務を2年経験し、『弁護士プラスα』を求めて国際弁護士の資格を取るために、アメリカのロースクールに留学しようと思い始めていました。

 お恥ずかしながら、IT業界の急成長ぶりを、それまでほとんど知らなかったんです。この仕事が初めての上場ベンチャー企業案件で、おまけに未知のネット企業。ですから、企業ファイルを読んで驚きました。

 数年前に立ち上がった会社が、上場してすでに400億円を調達して、飛ぶ鳥を落とす勢いで企業を買収している……。『ゼロから生み出された会社が、こんなにもダイナミックに成長するのか』と感動しました。そこで、ネットの無限大の可能性に気づくとともに、『僕のプラスαは起業だ』と決めたんです」

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最終更新:2/3(月) 14:40
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