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新型肺炎の震源地「武漢市」はどんな街? 産業や歴史、日本との関係は?

2/1(土) 8:10配信

オトナンサー

 新型コロナウイルスによる肺炎が日本でも広がりを見せています。この肺炎の流行が始まったとされるのが、中国湖北省の「武漢市」ですが、人口約1100万という大都市の割には、多くの日本人にはなじみの薄い場所と思われます。どのような街なのでしょうか。ノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。

三国志や辛亥革命の舞台にも

Q.武漢とは、どのような街なのでしょうか。

青樹さん「今回、新型肺炎が発生したことで、『とても遅れた田舎では?』と思っている人がいるかもしれませんが、中国中部地方の大都市です。湖北省の省都、日本でいう県庁所在地で、中国全土の中でも重要な交通の要衝であり、中国最大の水陸空の交通の要です。工業都市であり、文教都市でもあります。

アジア最長の大河である長江の流域に昔、『武昌』『漢口』『漢陽』という3つの都市が発展していました。その3都市が20世紀に入ってから合併して、『武漢』という一つの大都市になりました。

工業都市としては、外資を招いて優遇する『開発区』があり、自動車関係の製造業やハイテク産業が集積しています。交通の要衝にあって、製造業の出荷に便利で発展したということでは、日本における愛知県をイメージしてもらうと近いかもしれません。

文教都市という面では、歴史のある『武漢大学』があり、日本人を含む多くの留学生も学んでいます。『知識人』『インテリ階層』といわれる人たちが密集している場所ともいわれます。気候的には、北京ほど寒くはなく、広東省ほど暑くない、住みやすい街といえます」

Q.歴史のある街なのでしょうか。

青樹さん「3500年以上の歴史を持つとされる古都です。古代から、軍事や商業の重要な拠点でした。

唐代の詩人、李白が漢詩に詠んだ楼閣(ろうかく)『黄鶴楼(こうかくろう)』は名所の一つです。魏(ぎ)、呉(ご)、蜀(しょく)の興亡を描いた『三国志』の舞台の一つである『赤壁古戦場』や、長江を下る『三峡下り』観光の拠点ともなっています。『赤壁古戦場』は、日本でも公開された映画『レッドクリフ』(中国の原題は「赤壁」)の舞台でもありますね。

歴史といえば、清朝が倒れるきっかけとなった『辛亥革命』が始まったのも武漢です。合併前の武昌で起きた『武昌蜂起(ぶしょうほうき)』と呼ばれる反乱が、孫文による中華民国建国につながっていきます。歴史的にも意味のある場所なのです」

Q.日本との関係は。

青樹さん「武漢大学に中国国内でも筆頭クラスの桜の名所があります。1000本以上の桜が200メートルにわたって続く桜並木なのですが、この一部は日本から贈られた桜です。田中角栄元首相が周恩来元首相の夫人に桜を贈り、それを夫人が武漢大学に寄付したものだそうです。桜の季節には、連日1万人以上の人が訪れ、街の誇りとなっています。

先述のように経済も非常に発展しており、ホンダや日産などの工場も進出しています。歴史があり、日本との関わりも深いことで、日本からの留学生もわざわざ武漢を選んで留学するという人が多くいます。

2007年には、日中国交正常化35周年の記念行事として、さまざまな日中交流イベントを展開する『湖北ジャパンウイーク』が開かれ、私も総合司会として関わらせていただきました。日中関係が悪化していく中で行われたジャパンウイークで、個人的にも記憶に残る場所です。

また、今回の新型肺炎発生後、マスクが不足している中で、日本から100万枚以上のマスクが寄付されたということで、日本に対する好印象が強まっています」

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最終更新:2/1(土) 12:54
オトナンサー

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