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スクラムに執着し続けた…京産大ラグビー部の名将「大西健」の功績

2/8(土) 7:02配信

FRIDAY

執着、泥臭さ、猛練習

その日、大阪の花園ラグビー場にいた。

全国大学選手権3回戦。同志社大学対筑波大学。午後2時キックオフ。試合が進むと、関西圏の記者や放送局の関係者がしきりにスマートフォンに目を落とす。

京産大ラグビー部 47年間指導を続けた恩師に輝かしいラストを

気になるのだ。埼玉県は熊谷。ひとりの男の最後になるかもしれぬゲームの行方が。

大西健、69歳、今季限りで勇退。

京都産業大学ラグビー部を監督として率いて47年目、関西の下部リーグから猛然とのし上がった軌跡、強豪の一角に名を刻む戦績、なにより、日本代表やトップ級選手を輩出した人材育成の積み重ねを思えば「勇退」で間違いない。ただし、本当の意味での勇退となるには熊谷ラグビー場での日本大学との攻防を制して、さらに勝ち進む必要がある。

「負けてますね。5点差」

終盤、そんな声が聞こえた。

やがて「終わりました」。

19対24。おしまいの笛の音が遠く北関東から流れてきた。

「どのレベル、どんなメンバーでも日本一を目指した。日本一を目指し、どれだけ努力をしたかに意味がある。悔いはないです」(スポーツニッポン)

こう言い切れる、いや、口にするのみならず実践できる指導者は少ない。

明治大学の、かの故・北島忠治監督の在任67年間を例外として、まれなる年長記録である。全国4強が計7度。あらためて「大西イズム」とも解釈できる京都産業大学のラグビーを考えたい。思い浮かぶのは以下のワードである。

スクラム徹底強化。

栄養合宿。

早朝の鍛錬。

並べてみて、気づくのだが、なにやら近年のジャパンの強化と重なるではないか。

「京産大のラグビー」は、押して押しまくる執着、泥臭さ、猛練習のイメージによって、つい「旧式」とくくられがちだ。でも発想は先を走っていたのである。

まずスクラム。粘り、まとわりつき、わずかな壁のひびから重油がドロリと流れてくるような推進力で、相手の8人をちぎっては捨てる。根底に激しく厳しい鍛錬があった。

卒業生の元日本代表プロップ、押しと忍耐の職人、長江有祐(豊田自動織機シャトルズ)の名言がすべてを表している。

「思い出したくない、いい思い出です」

30年前のスコットランド戦に勝利の背番号3、田倉政憲、4年前、南アフリカから金星のやはり右プロップ、山下裕史(神戸製鋼)ら日本ラグビー史に残るスクラムをOBが支えた。「猛」のつく反復練習の成果だった。カリフラワーもしくは揚げた餃子の耳の若者をトップリーグへ送り出し、隊列は途切れない。今季の3番、寺脇駿は日本航空高校石川ではレギュラーではなかった。たっぷり京都の地に鍛えられ、仕込まれ、宗像サニックスブルースへの入団が決まった。

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最終更新:2/8(土) 7:02
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