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日本電産、「元日産の新社長」にのしかかる重圧

2/10(月) 5:10配信

東洋経済オンライン

 「関を招くにあたって、日産にはご迷惑をおかけした」

 日本電産の永守重信会長は2月4日、京都ホテルオークラで開いた社長交代の記者会見の冒頭でお詫びした。

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 日本電産は同日、1月に入社していた元日産ナンバー3の関潤特別顧問が4月1日付けで社長兼最高執行責任者(COO)に就任すると発表。同時に、現社長の吉本浩之氏は3月1日に家電産業事業本部長に就任したうえで、4月1日に副社長となることも公表した。

■「吉本切り」で日産の関氏を招聘

 2018年6月に社長に就任し、永守氏の後継者と目されていた吉本氏は、そのポジションをいったん関氏に譲ることになった。永守氏は「(吉本氏に)潜在能力はある」と擁護しつつ、「2030年に売上高10兆円企業」という目標をいち早く達成するために、一見すると非情な「吉本切り」を敢行してまでも関氏を招聘する道を選んだ。

 永守氏が社長交代を本格的に考え始めたのは2019年の夏ごろだった。2019年7月に発表した2019年4~6月期の決算発表で、日本電産は営業利益が前期比39%減少で、新年度早々に営業減益決算を公表するのは2013年以来となる。

 米中摩擦の激化や新車販売台数の減少など、日本電産を取り巻く環境は2019年初から厳しさを増していた。「成長が続いた日本電産でも減益になるのは仕方ない」(外資系証券アナリスト)という声も出ていたが、2018年に下した自身の判断を永守氏はすでに反省し始めていた。

 「これからは吉本を表に出していく」

 永守氏は2019年1月、新年の賀詞交換会で自身によるあいさつを中止した。半年前に社長に就任した吉本氏への権限委譲を進め、「永守色」を消していこうという配慮だった。賀詞交換会後の記者会見は吉本氏が単独で臨み、社長に就任して以降、役員間で議論しながら経営を進める「集団指導体制」の構築が進んでいると吉本氏は強調した。

 順調に「脱カリスマ経営」が進んでいるかにみえた日本電産だったが、その1週間後にさっそく危機は訪れた。都内で緊急の記者会見を開き、自動車や家電など幅広い分野の受注が2018年11~12月に前年同月比で約30%落ち込んだと永守氏自らが説明。「こんなにドンドン落ちたのは46年経営して初めて」(永守氏)と危機感を示した。

■吉本氏の社長登用は早すぎたのか

 「成長し続けることこそが社員や株主など利害関係者の幸せにつながる」と考える永守氏にとって、成長の停滞は許しがたいものだった。「5~6人の集団指導体制で会議ばかりやる時間をかけられない」(同)。その後の業績は横ばいが続き、2月4日の会見ではついに「(集団指導体制は)創業以来で最大の失敗」と公言するに至った。

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最終更新:2/10(月) 5:10
東洋経済オンライン

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