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続・『映像研』のマンガとアニメ比較。迫る納期と理想へのこだわり

2/14(金) 12:15配信

アニメージュプラス

第2次アニメージュ黄金期を担当した7代目アニメージュ編集長の大野修一が語る。

現実逃避に首ったけ⁉  
(7)アニメーションの敵はアニメなのか?

【関連画像】コラム本文中に登場する書籍などの画像(9点)

 前回、「『映像研には手を出すな!』の第3話、ますますもって面白い」と導入で記しておいて、中身は第1話のワンシーン(なにより重要なんだけどね)だけに触れて終わってしまうという、羊頭狗肉感たっぷりの展開となってしまいましたので、今度こそ第3話について、そして区切りとなる第4話について話していきたいと思います。

 「すべての人間は現実逃避を目指している」

 というのが私の人生観であり、それゆえに個々人のものでありバラバラでしかないはずの「現実逃避」の方向・手段・目的などが、偶然によってシンクロすることがごくたまに発生するし、その瞬間をこえる「幸福」はないと思っています。その幸福に魅せられるからこそ、人は集団をつくり、その幸福が得られないことが分かると、集団に背を向けて「孤」に走るのです。

 アニメ『映像研』の第1話はまさにそういった話であり、おたく的素養の持ち主たちにとっての「幸福」を活写していますが、実は些少な(多くの人が気づかないぐらいの)、不完全性の気配までもをほの見せているくらい深みのある傑作だ――というのが前回のネタでした。

 で、まず記述しておきますが、アニメ第3話・第4話の各話タイトルは、原作マンガにないものとなっています。ちなみにアニメ第1話・第2話は、原作の第1話・第2話タイトルでもあった「最強の世界」「映像研、爆誕す!」を使用(ただし、エピソードは原作第3話以降からも取り込みながら)していましたが。アニメ第3話・第4話は「実績を打ち立てろ!」「そのマチェットを強く握れ!」と原作にはないタイトルがつけられています(ただし、ストーリー展開は原作と同)、なるほど『カメラを止めるな!』系で統一するのね。

 この第4話までで、コミックスの第1巻が終了。第5話がコミックス第2巻のうち、始まりの第3話分のエピソードで作られていたので、全12話だということならば、コミックスの第3巻までがアニメ化されるのでしょう。ここまでは、音響マニアの百目鬼さんが登場する、つまり『南総里見八犬伝』なら八犬士目の犬村大角が登場する前​、『アストロ球団』なら火野球九郎​がヘリコプターでアストロドームに降り立つまでの「くだり」なので、幸福な高揚感は自然と続いていくだろうことは分かっていて、楽しげであります(百目鬼氏はどうやらまだ「妄想=最強の世界」を共有しているわけではないので、小石の波紋くらいは感じられるのですが)。まあ、原作が今後、何年、何巻まで続くか不明ですが、「幸福な瞬間」の継続のままきれいに完結していただきたいと、本気で思っています。

 と、ここまで書きあがったあとに、第6話の放送があって、百目鬼さんが登場してしまったので追記。
 原作の第2巻と第3巻のエピソードがシャッフルされ、文化祭がアニメの大団円になるだろうことが推測できる。ロボットのリアリティをめぐる『パトレイバー』的なやり取りが印象的な展開の第5話&第6話ですが、原作にない美術部が登場して「妄想」が「共有」できなくても「協力」が必要となる「現実」が提示され、金森氏による浅草氏へのセッキョー・シーンでの監督論も迫真性を増している。この期におよんでも、三人が過剰に「なかよし」でなく「理解者であろうとする関係」として描かれるのが、ステキである。

 どこかで、悲劇の予感にフラフラと誘蛾灯に舞い込む羽虫のように誘われてしまうのは、手塚治虫原理主義者の刻印です。余談ですが、ユジク阿佐ヶ谷で「東映動画まつり2020」が開催されており、今回のラインナップに手塚治虫原案の『西遊記』(1960)が入っていなかったので、ぜひ機会があれば公開していただきたい。この時期、並行して有楽町マルイで「映像研による「最強の世界」展」が、開催されていたことは、何たる偶然! ことほぐべきことと思います。

 温故知新!
 なにもかもすぐに手塚話に引っ張っていくのは年寄りの性だと思ってください。
 とりあえず説明します。

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最終更新:2/14(金) 12:15
アニメージュプラス

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