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是か非か 神の領域に入った「着床前診断」

2/16(日) 5:57配信

デイリー新潮

 健康な子を授かりたい。何より切実なこの願いは生殖医療を進化させ、着床前診断という実験室もかくやの技術が次代の救世主たろうとしている。だが、倫理的な問題も指摘され、学会すら是非の議論には及び腰だ。自身、障碍がある子をもつジャーナリストのルポ。

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「子どもや身近な家族に疾患があって、それがお腹の中にいる子に遺伝する可能性があるとわかったら、産む覚悟ができますか?」

 不妊治療を専門とする、大阪市のIVFなんばクリニック。取材の場で中岡義晴医師は、私にそう問いかけた。“いいえ”という答えが脳裏に浮かんだ。口を噤んだままの私に、中岡医師は続けて言った。

「着床前診断を命の選別と捉えることもできるかもしれませんが、健康な子を産みたいという親御さんの気持ちを考えてください」

 着床前診断。いかにもとっつきにくい響きがあるが、子どもが欲しいと切に願う夫婦が今日も、その難解な医療技術に望みをつないで医師のもとを訪れる。

 同じような医療の用語で、すでに一般的に広く認知されているものに出生前診断がある。これは妊娠がわかって一定期間経ったのち、胎盤の絨毛細胞をとったり、羊水をとったりして染色体や遺伝子の検査を行うものだ。

 一方の――本稿がテーマとする――着床前診断。こちらはまだ研究途上にあると位置づけられる。

 聞けば、たしかに実験室もかくやと言うべき技術だ。

 まずは体外で受精を行い、これによってできた胚を医師が検査、異常がないと見られる胚だけを母体に戻し、育てるのである。

 着床前=妊娠前の段階で胚の診断を行うので“産むか、中絶するか”という、心理的負担の重い判断を迫られることはない。

 ただし高い技術が要求され、まだ安全性が確定していないこともあって、診断を受けるには日本産科婦人科学会の審査を通ることが条件となる。

 だが、技術の進歩によって今後、安全性が高まっていったとしてもなお、そこには別の根源的な問題が存在し続ける。

 先の中岡医師が解説してくれる。

「着床前診断は、学会が次のケースに悩む親に限って実施を認めています。(1)重い病気が子に遺伝する可能性がある。(2)これまで流産を繰り返している。(1)か(2)に該当する場合のみです」

 問題はここだ。

 (1)に関して言えば、胚を検査して「重い病気」が子に遺伝する可能性が疑われた場合、その胚を母体に戻さない措置がとられる。

 (2)については今少し説明が必要で、染色体の形の変化(染色体転座という)に起因する流産を繰り返している場合、その胚を検査し、転座を起こしていない“安全な”ものだけを母体に戻して、流産のリスクを回避する措置をとる。

 いずれにせよ、有り体に言えば、一定の胚を“排除する”形になるわけだ。

 この事実を指して、人為的な命の選別にあたる、優生思想ではないか、と批判する声が世の中にある。

 これまでの実施件数は約800件。実際に4年前に着床前診断を受けた、緒方隆さん(39)と洋子さん(43)のカップルに話を聞いた。

 洋子さんが言う。

「35歳で結婚し、すぐにクリニックを訪れて、最も妊娠しやすい時期を見定めるタイミング療法や人工授精を試しました。半年後に妊娠したのですが流産し、37歳で体外受精に踏み切るも2回流産。さすがにおかしいと感じて着床前診断を受けることに決め、学会に申請するために採血したら、主人が染色体転座の保因者だとわかったのです」

 実際の診断では2度の採卵を行い、そののち、

「転座ではない正常卵を移植することで無事妊娠、出産にいたりました。かかった費用は通常の体外受精の治療費プラス着床前診断の検査代10万円ほどでした」

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最終更新:2/16(日) 5:57
デイリー新潮

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