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“裏方” の新発想がアメリカの「内視鏡」販売を救った! オリンパス社長の課長時代

2/17(月) 6:11配信

NIKKEI STYLE

《連載》私の課長時代 オリンパス社長 竹内康雄氏(上)

■オリンパスで経理担当だった竹内康雄社長は1993年、米国に赴任する。

入社14年目で2度目の赴任となりました。上司も部下3人も米国人です。1度目の時に、日本からの連絡はいつも私が取り次いでいたので、仕事を覚えるのには苦労しなかったですね。誰もいなくなったオフィスで、山積みの書類をFAXで送るような雑務もこなしていましたから。

93年当時、米国法人は逆風にさらされていました。その年に就任したビル・クリントン大統領が医療費削減を打ち出し、病院による医療機器の買い控えが起きたのです。当社の内視鏡事業も、60年代に米国市場に参入してから初めて売り上げが前年割れしました。

■使った分だけ課金する新たな販売モデルを導入する。

販売立て直しに頭を悩ませていたある日、部下から提案がありました。「内視鏡をリース(貸与)し、症例数に応じて課金してはどうか」というのです。病院ごとに契約年数を決め、その間の内視鏡検査の件数を予測して検査当たりの単価を決める。そして、そこに実際の検査数を掛け算した金額を払ってもらう。症例単価課金と呼ぶ方法です。

病院にとっては、検査数が減って収入が落ちた年はその分機器のコストを抑えられます。初期投資なしに最新機種を導入できるのも利点です。

合理的な方法だと自信を持って提案したのですが、現場からは強く反発されました。「そんな売り方は邪道だ。とても受け入れられない」。内視鏡の販売責任者には冷たく言われました。当時の営業は歩合制。「自分の客」にそんな煩雑な契約はさせたくないという声が多かったのです。

■日本を「外」から見る目を養う。

親しかったセールスマネジャーが味方になってくれたこともあり、粘り強く説得を続けました。売り上げの計上時期が従来とは変わりますから、資金調達にも工夫が必要。多くの部署との調整に駆け回りました。

導入には2年を要しましたが、米国の内視鏡販売はその後大きく伸びました。間接部門にいながら事業に直接貢献できたことがうれしかった。今では日米の大病院の多くが採用し、当社の内視鏡事業を支える販売手法となっています。

入社からの20年間の半分以上を米国で過ごした経験は、その後の糧となりました。グローバルの基準で物事を見つめる目を養えた。「自国中心」や「自社中心」の発想に陥る危うさに敏感になったと思います。米国駐在時代、帰宅はいつも深夜。家庭を支えてくれた妻と3人の子供には今も頭が上がりません。

■あのころ……

米国のビル・クリントン大統領は政策の柱の一つとして、拡大が続いた医療費の削減などを目的に医療制度改革を打ち出した。夫人のヒラリー・クリントン氏が主導し、民間の医療保険を活用した国民皆保険を目指したが、保険業界などの反発で頓挫した。

[日本経済新聞朝刊 2020年2月4日付]

最終更新:2/17(月) 7:18
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