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迫田孝也、役者人生の恩人は「三谷幸喜」電話1本で運命が激変

2/18(火) 16:31配信

SmartFLASH

「この暖簾に書かれている『おじゃったもんせ』は、『いらっしゃいませ』という意味の薩摩ことばなんですよ」

 そう語るのは、2018年の大河ドラマ『西郷どん』(NHK)に、江藤新平役で出演し、方言指導もおこなった迫田孝也(42)。 映画『記憶にございません!』(2019年)での、記憶喪失の総理大臣(中井貴一)の秘書官補役など、三谷幸喜作品の常連で、いま伸び盛りの役者だ。

 首都高渋谷線のすぐ脇に、迫田が通う「かごっま屋台 火の玉ボーイ」がある。

「この店、地元でよく行く店の支店なんです。飲んでるときに『東京にもあればなぁ』という話をしたら、『あるよ』って(笑)。ちょうど『西郷どん』を撮っていた時期で、NHKからも近く、通うようになりました。

 それに、ここの『鳥刺し』、鹿児島で食べるのと同じ、コリコリのモモ肉なんですよ。東京では、ムネ肉を出すお店が多いんです。『こん味じゃ!』と嬉しくなって、芋焼酎のお湯割りが進むんです。弱いんですけどね(笑)。地方に行くときも、ひとりでぶらりと赤ちょうちんで飲むのが楽しみなんです」

 厳格な “薩摩隼人” の、父の背中を見て育った。父と同じ教師を目指し、県内トップクラスの進学校・鶴丸高校に進学。保健体育の専門コースがある広島大学へ進んだ。

「高校までバレーボールひと筋。中高では、専門の指導者がいなくて、自分たちで練習メニューを考えていました。

『指導者がいれば、もっと結果を出せたんじゃないか』という悔しい思いがあったんです。それで、『保健体育の先生になって、バレーボール部の顧問になろう』と思っていました」

 迫田の人生を変えた最初の出会いは、大学2年の夏、住み込みでアルバイトをした、奄美大島でのこと。山田洋次監督一行が、バカンスで滞在していたのだ。

「スタッフや島の男の子たちと、宴会したり、海で泳いだり……。映像の業界で働く人たちに初めてふれて、すごくキラキラしているように思えたんです。そこで、『自分も役者になるんだ』と、完全に燃え上がっちゃいました。

 そうなったら一直線で、大学3年のときに、父に電話しました。『絶対に説得するぞ』と、文面まで考えていたんですが、『わかった』と、意外とすんなり許してくれました。あとから母に聞くと、かなりショックだったようですね」

 大学卒業後、上京。家とバイトは見つけたが、肝心の役者のなり方がわからない。

「まったくのノープランで、1カ月くらいバイトだけしていました(笑)。『このままではマズい』と、オーディション雑誌で見つけた劇団に応募し、研修生として入団しました。そこで、8年ほどお世話になったんです。

 貴重な経験も勉強もしたんですが、僕がやりたかったのは映像でした」

 だが、目立った実績のない迫田が呼ばれるのは、テレビの再現ドラマくらい。1日がかりの撮影で、ギャラはせいぜい1万円だったが……。

「そんなちょっとした作品でも、やはり映像の仕事は楽しかったですね」

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最終更新:2/18(火) 17:09
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