ここから本文です

元韓国代表FW、Jリーグ得点王の栄光を自画自賛 「可能なすべてのゴールを入れた」

2/18(火) 10:30配信

Football ZONE web

C大阪や柏で活躍したFWファン・ソンホン氏、母国紙インタビューでJリーグ時代を回想

 かつてセレッソ大阪や柏レイソルでプレーした元韓国代表FWファン・ソンホン氏が、Jリーグ得点王に輝いた栄光を振り返り、「可能なすべてのゴールを入れた」と自画自賛している。地元紙「スポーツ韓国」のインタビューで語った。

【動画】「可能なすべてのゴールを入れた」と自画自賛! 1999年Jリーグ得点王に輝いた元韓国代表FWファン・ソンホンのC大阪時代ゴール集

 今季から韓国2部大田ハナシチズンの監督に就任したファン・ソンホン氏は、代表選手として歴代2位の50ゴール(103試合)をマーク。2002年日韓ワールドカップにも出場し、ベスト4に貢献した英雄的存在だ。

 地元紙「スポーツ韓国」は「韓国の伝説的なストライカー」と称しつつ、「監督として、Kリーグ史上最も劇的な2013年浦項スティーラーズ優勝と、2016年FCソウルの優勝を導いた」と指揮官としての能力も高く評価する。

 そんなファン・ソンホン氏が今季から大田ハナシチズンの監督に就任。「スポーツ韓国」のインタビュー取材に応じ、自身のキャリアに触れるなかでJリーグ時代についても語っている。

 大学卒業後、Kリーグドラフトを拒否したファン・ソンホン氏は、レバークーゼンの下部組織に加入。ドイツ2部ヴッパーターラーSVボルシアを経て、1993年から6シーズンにわたって浦項スティーラーズに在籍し、1998年から2年間C大阪で活躍した。2000年から2002年夏まで柏でプレーし、同年に全南ドラゴンズへ加入。しかし怪我の影響で、2002年を最後に現役から退いた。

 1990年からワールドカップ(W杯)4大会連続で出場したファン・ソンホン氏は「思い出してみると、1994年の(アメリカ)W杯は、26歳だったから身体的には絶頂期だった」と回想。その一方で「だが1998年、1999年頃には30歳に入り、身体的にはもちろん、サッカーを見る視点、老練さをすべて兼ね備えた真の全盛期と言うことができる」と振り返りつつ、Jリーグ時代に思いを馳せる。

Jリーグ得点王を獲得できた要因は? 「1997年に手術を受けて…」と自己分析

 現役時代のファン・ソンホン氏が、シーズン自己最多ゴールを叩き出したのが1999年のC大阪2年目だ。この年、Jリーグで25試合に出場し、24ゴールと大爆発。Jリーグ得点王とJリーグベストイレブンを受賞し、韓国人選手として初の国外リーグ得点王に輝いた。

 かつてJリーグ公式YouTubeチャンネルのインタビューにおいて、ファン・ソンホン氏は「2トップを組んだ西澤(明訓)が相手のマークを分散し、森島(寛晃)が豊富な運動量などでカバーしてくれた」とC大阪時代について語っている。

 25試合24ゴールで獲得したJリーグ得点王に関して、「スポーツ韓国」のインタビューでは「加えて8アシストまでした。シーズンを通して、本当に起伏がなかった」と言及。1999年当時は“心技体”が整い、1年間を通じて好調をキープし続けたなか、「巻いて決め、ヘディングでも決め、可能なすべてのゴールを入れたね」と自画自賛する。

 また大活躍の理由について「1997年に手術を受け、1998年W杯の直前でまた負傷し、休息を取りながらリハビリが上手くいったのが大きかった」と自己分析を加えた。

 Jリーグ通算70試合42ゴールの結果を残した韓国人ストライカーにとって、Jリーグ得点王は良い記憶として刻まれているようだ。

Football ZONE web編集部

最終更新:2/18(火) 11:42
Football ZONE web

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo! JAPAN 特設ページ