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反米強硬派が勢いづくイラン、国会選挙後の行方

2/19(水) 12:12配信

Wedge

 「予測不可能」であることは、トランプ大統領の武器である。トランプ大統領はこれまで繰り返し、型破りでセンセーショナルな数々のツイートを駆使しつつ、先行きが見通せない状況を作り出しては相手を混乱させながら、交渉ごとを有利に進めようと試みてきた。

 一方で、イランも交渉ごとに長けた国であり、2015年の核合意はその交渉力の賜物とも言える。ザリーフ外相を筆頭とするイランの核交渉チームは約2年間、「EU3/EU+3」(英独仏+EU+米中露)の代表とわたり合い、イランにウラン濃縮を認める合意を実現させた。16年1月に核合意が履行されて以降、イランはこの合意に基づいて、合意が認める範囲でのウラン濃縮を続けてきた。

 しかし、トランプ大統領のいわば攪乱(かくらん)作戦は、交渉巧者のイランのことも、確実に戸惑わせている。ソレイマニ司令官の唐突な殺害といった、予想をはるかに上回る大胆な一手をひるまず打ってくるトランプ大統領に対し、イランは素早く有効に切り返すことができずにいるように見える。

八方塞がりのイラン

 トランプ大統領は実際のところ、イランのイスラム共和国体制をかなりのところまで追い詰めている。トランプ大統領のイランに対する「最大限の圧力」はイラン経済を疲弊させ、イラン国民の不満はすでに非常に高まっている。

 核合意の破棄を宣言するトランプ大統領が17年1月に就任すると、イラン国民の間では先行きへの不安が高まり、保有資産を外貨に換える動きが加速した。その結果、イランの通貨リアルの価値は暴落し、米国の経済制裁強化に伴い貿易自体が困難になるなか、諸々の調達コストは増大し、物価も上昇を続けた(図1)。また、「米国かイランか」の二者択一を迫るトランプ政権の強力な二次制裁は、多くの外国企業をイランから撤退させ、その結果失業率も上昇した。

 また、昨年5月にトランプ政権が発動したイラン産原油の輸入を一切禁じる制裁は、イランの原油輸出量を前年の約3割程度まで激減させた(図2)。さらに昨年12月の時点では、約25万バレル/日と制裁前の1割まで落ち込ませた。原油輸出収入の減少を受けて財政は逼迫し、開発予算は執行に至らず、雇用創出も追いつかず、大学を出ても職につけない若者の数も増えている。

 そのようななか、昨年11月半ばにイラン政府がガソリン価格の値上げに踏み切ると、国民の不満は爆発し、瞬く間に抗議行動がイラン全土に拡大した。広範な抗議行動の発生を受けて、イラン当局は10日間以上にわたりインターネットを完全に遮断し、この間外国との交信は困難になった。

 今回の抗議行動は過去の事例に比較してはるかに暴力的であり、その結果鎮圧も激しく、死者数も300人以上に上ったという。なお、米国務省は一連の抗議行動における死者数を1500人と発表したが、イラン政府の公式発表もないなかで、その真偽を見極めることは困難である。

 年明け1月3日のソレイマニ司令官の殺害は、このような状況のなかで起こった。イランの体制にとって、ソレイマニという有能な司令官の殺害は大きな打撃であった。しかし同時に、体制にとってこの事件は、得難いチャンスでもあった。ソレイマニ司令官はイラン国内で、「ISのイランへの侵入を防ぐべく」イラクやシリアでISと戦った英雄とみなされており、司令官の暗殺は、「米国の不正義」の前に国民を団結させる好機となり得たのである。イラン各地で営まれた司令官の盛大な葬儀には、合計で数百万人が参加したとされ、体制はその動員力が健在であることを、国内外にアピールすることができた。

 体制はソレイマニ司令官の出身地である南部ケルマーンで葬儀を行い、その日の深夜、イラクの米軍基地に対する報復ミサイル攻撃を実施し、その後夜明けがくる前に、司令官の遺体を同じくケルマーンの殉教者墓地に埋葬した。この報復攻撃で米軍側に死者は出ず、攻撃の応酬がここで止まっていたならば、イランは司令官殺害を機に、米国と何らかの取引を行うことすらできたかもしれない。

 しかし、イランが米軍からの報復攻撃を最大限警戒するなかで発生したウクライナ民間航空機の誤射は、そのような可能性を打ち砕いた。のみならず、体制がこの誤射の隠蔽を試みたことが明らかになると、国民は体制に対する不信感を改めて募らせ、都市部の主に学生たちの間では、体制に対する新たな抗議行動が発生した。つまり体制はあっという間に、内憂外患の現実に引き戻されたのである。

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最終更新:2/19(水) 12:12
Wedge

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