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【昭和の名車 181】Be-1は日産パイクカーの第一弾として登場、大人気となった

2/20(木) 6:30配信

Webモーターマガジン

日産 Be-1(BK10型):昭和62年(1987年)1月発売

昭和は遠くなりにけり・・・か。以前に連載した「昭和の名車」では、紹介しきれなかったクルマはまだ数多くある。そこで、1960年代以降の隠れた名車を順次紹介していこう。今回は「日産 Be-1」だ。

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日産のパイクカー(スタイリングが特徴的なクルマ)第1弾として知られるBe-1は、1985年(昭和60年)の東京モーターショーでプロトタイプがお披露目された。まだ具体的な生産計画もない状態だったが、黒山の人だかりとなった展示ブースを見た日産は、急遽販売に向けて動き出したという。その後、1987年1月に1万台の限定発売が発表されるが、前評判の高さもあって受注が殺到。購入者を抽選で決定する異例の事態となっている。さらに、中古車市場ではプレミアが付く騒ぎとなったほどだ。

Be-1の開発は、初代K10型マーチのシャシを使った、デザインの実験プロジェクトとして1984年にスタートした。社内・社外の3チームによるコンペから、当時のウォータースタジオによる案が採用された。「かわいい」をテーマにしたデザインは、当時「高級」とか「速さ」を謳うことが多かった国産車では異例のことで、社内でも意見が分かれたという。

クラシックMINIに通じるレトロ調のデザインを模倣と切り捨てるデザイナーもいたし、新技術を搭載しないクルマを出すことに「技術の日産」を自負する技術者は反発した。逆に、諸元の数字より自分の感性を大事にする人たちからは、これが良い、こういうのを待っていた、と言う声も多かった。

東京モーターショーで大評判となったBe-1は急遽、1年以内に発売するための生産計画の立案を迫られることになる。シャシもエンジンも既存マーチがベースで、内外装を変えるだけだから、新車開発ほど時間はかからない。とはいえボディプレス用の金型を作るとなると時間も費用もかかる。ニッチ市場に投入するBe-1に大量生産が前提の金型が必要なのかなど、問題は続出した。たどり着いた結論は、少量生産と割り切り、樹脂製ボディパネルを採用することだった。

これなら1年と区切られた発売時期に間に合わせられる。生産も自社工場でなく、手作業による生産が可能な「高田工業」に委託した。Be-1が発表されたとき、高温焼付け塗装が可能なフレックスパネル(世界初)とABS樹脂の採用が話題になったが、実は生産期間の短縮が最大の理由だったと言われている。

ちなみに、1982年に発売されたK10型マーチは、マイクラの名で欧州市場へ参入するため、ジウジアーロの基本デザインをもとに開発された世界戦略車だ。旧プリンス系の荻窪事業所が手がけた最後の新型車となったことでも知られる。これをベースに開発されたBe-1のメカニズムは、マーチ用をそのまま流用した。エンジンは52psを発生する1L 直4のMA10S型で、5速MTか3速ATを介して前輪を駆動する。前:ストラット/後:4リンク・リジッドのサスペンションもバネ定数からダンパー減衰力まで同一だから、走行性能も変わらない。

つまりBe-1の魅力は、当時のクルマが失いかけていた優しさ、どこか懐かしさを感じさせるスタイリングに尽きると言っても良い。ネオクラシック調の丸い形に加え、パンプキンイエロー、ハイドレンジャーブルー、トマトレッド、オニオンホワイトの4色展開も、アパレル業界に精通したウォータースタジオの巧みな戦略として高く評価された。発売2カ月後にはキャンバストップが追加されたが、開放感とカジュアルな雰囲気が楽しめる電動キャンバストップ仕様は、全体の40%を占める人気モデルとなっている。

日産 Be-1 主要諸元

・全長×全幅×全高:3635×1580×1395mm
・ホイールベース:2300mm
・車両重量:700kg
・エンジン型式/種類:MA10S型/直4SOHC
・排気量:987cc
・最高出力:52ps/6000rpm
・最大トルク:7.6kgm/3600rpm
・トランスミッション:5速MT
・タイヤサイズ:165/70HR12
・車両価格:129万3000円

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最終更新:2/20(木) 6:30
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