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コラム:亜州・中国(5)新型コロナウイルスとの戦い

2/21(金) 16:02配信

nippon.com

泉 宣道

中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎が世界的に猛威を振るっている。その規模は2002-03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)を超え、世界経済に影を落とす。感染拡大をどう封じ込めるか。中国をはじめ各国・地域にとっても試練だ。

習国家主席は「非接触型」視察

「新型冠状病毒(新型コロナウイルス)の感染拡大を阻止する戦いに断固として勝利する」。中国共産党の習近平総書記(国家主席)は2月10日、青いマスク姿で北京地壇医院などを視察し、こう表明した。

北京地壇医院では新型コロナウイルスの患者を受け入れている湖北省武漢市の病院とテレビ電話をつなぎ、大きなスクリーン越しに医療スタッフらを激励した。この日は屋外で市民らとも対話したが、「非常時だから」と握手は控え、“非接触型”の視察に徹した。

新型コロナウイルスの発生源となった武漢市は春節前の1月23日から事実上封鎖されたが、李克強首相は同27日、現地視察を決行した。習国家主席は「1月7日の時点で新型肺炎への対応を要求した」との新情報も流されたが、今のところ武漢入りはしていない。

SARSの教訓は生かされず

北京地壇医院はエイズなど感染症の専門病院だ。北京市東城区の閑静な一角にある。北京でSARSが流行したときは患者が収容された。

筆者は2003年4月17日、この病院の隔離病棟を取材した経験がある。当時、北京駐在の一部の外国人記者に取材許可が出た。400元(当時のレートで約6000円)で買わされた白い防護服を着用、マスク、手袋、靴カバーもして5分間、一眼レフカメラを携えて「二病区」と表示されている隔離病棟に入った。

隔離病棟は感染防止のため、入り口は二重の自動ドアが一般的だが、手動の開閉式で二重ではなかった。病室は病原体を封じ込めるために室内を陰圧(一気圧以下)に保つ密室構造になっているはずだが、外に面した窓は開けられたままだった。

同年4月20日、中国衛生省は北京市のSARS感染者数が従来発表の約9倍に当たる339人と大幅に修正、死者も4人から18人になったと発表した。これを機に北京では市民が買いだめに走り、スーパーから食料など日常物資が消えた。一種のパニック状態に陥ったのである。

中国でSARS感染が急拡大したのは、情報開示の遅れが引き金となった。情報は封じながら、密閉すべき隔離病棟は開放的という皮肉な構図だった。今回も初動対策の遅れや情報隠蔽が指摘されている。SARSの教訓が生かされたとは言い難い。

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最終更新:2/21(金) 16:02
nippon.com

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