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新潮社、ヒット連発で10年ぶりの快進撃

3/21(土) 16:56配信

創

書籍、文庫、新書のヒットが全社を牽引

 取締役で広報・営業担当の伊藤幸人さんは開口一番、「今年度こそ満開の桜が咲く暖かい春を迎えることができそうです」と業績の見通しを語った。2009年に村上春樹の『1Q84』を刊行して好成績を上げて以来、雪解けして多少花が咲いたことはあったものの、長く厳しい冬が続いてきた。そんななか、10年ぶりに本格的な春がやってきたというのだ。
 とりわけ書籍、文庫、新書のいずれのジャンルでもベストセラーが飛び出し、これに牽引されるかたちで新潮社全体の売上げが伸びているという。19年4月から11月の8カ月間の書籍の売行きは対前年比118・9%、文庫は129・9%、新書は191・9%になった。加えてコミック(電子コミックを含む)も10月までで137%と好調。出版業界全体の販売額が右肩下がりを続けるなか、めざましい成果を挙げているようだ。
 ベストセラー街道を走っているのは、書籍が『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ著)、文庫が小野不由美「十二国記」シリーズの最新作『白銀の墟 玄の月』(全4巻)、新書が『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著)だ。
 初版6000部からスタートした『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)、Yahoo!ニュース本屋大賞2019「ノンフィクション本大賞」、毎日出版文化賞特別賞、八重洲本大賞と、各種の賞を受賞。とりわけノンフィクション本大賞の受賞が大きく報道された結果、売行きが急伸して12月5日現在で13刷23万部に到達した。
『白銀の墟 玄の月』は10月12日と11月9日の2回に分けて4巻を初版45万~50万部で発売し、18年ぶりになる待望の新作ということもあって飢餓状態を潤すように、12月現在で各巻4刷60万~69万部を刊行する勢いとなっている。『ケーキを切れない非行少年たち』は他の新書と変わらない初版1万2000部だったのが、じわじわと話題を呼び17刷34万部となった。
 18年には『新潮45』が、自民党杉田水脈衆院議員の「(LGBTの)彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と主張する差別的記事を載せたことがきっかけになり、休刊に至ったが、一転して、イギリス社会の貧困や排外主義の実態を描いた『ぼくはイエローで――』やハンディを抱えた非行少年たちの支援を訴えた『ケーキの切れない――』がベストセラーになったのも、新潮社の懐の深さゆえなのだろうか。
「何が嬉しいかと言えば、編集と宣伝と営業が三位一体となって盛り上げる理想的なかたちでベストセラーになったこと。会社が上からどうこうしたのではなく、作品に惚れ込んだ社員たちが自主的に盛り上げていった。『ぼくはイエロー――』の場合、営業、編集、宣伝の3人のキーパーソンがいるのですが、営業は書店にゲラを配って反応を取ったり、編集は識者の推薦文を取ったり、宣伝は素敵なポスターやPOPをつくったり、まさにチームプレーで取り組んだ。社内では『チーム・ブレイディ』と呼んでいるのですが、あまりにもこの3人が頑張ったので、著者のブレイディさんがノンフィクション本大賞の授賞式に出席したとき、わざわざ『新潮社のチームはとても熱い人たちだ』とお褒めの言葉をいただきました。全体が厳しいなか、理想とするかたちで結果が出せた。こういうことを積み重ねていかないと、厳しい状況を突破できないのではないかと思います」
 伊藤さんはこう述べつつ、『ケーキの切れない――』のような、一般にはあまり知られていない児童精神科医の著者の作品がベストセラーになったことにも感懐を覚えると付け加えた。
 18年に話題をさらった『大家さんと僕』(81万5000部)の続編『大家さんと僕 これから』は19年7月に刊行し、26万7000部になった。番外編『「大家さんと僕」と僕』も8万6000部に達している。強力なコンテンツの派生本という強みを発揮したかたちだ。3冊合わせて100万部を大きく超える。
 コミックでは、テレビ東京で実写化された『死役所』が14巻累計で300万部に達し、伝説の元ヤクザが主夫の道を極める『極主夫道』は1巻が35万7000部、2巻29万5000部、3巻24万部という実績を上げ、12月に発売した第4巻は初版20万部でスタートした。新潮社にとっては異例ともいえる初版部数だ。
『お前はまだグンマを知らない』のようなご当地ものコミックも定番化した。滋賀県もの、香川県ものなどは自治体の協力も受けたり、連携したりという取り組みもあった。最近の局地的ヒットは『埼玉の女子高生ってどう思いますか』。行田市を舞台とし、観光案内にもなりそうな内容だ。
 コミックは、基本的には紙版から刊行をはじめているものの、電子コミックも好調という。1年ほど前は電子版4・5対紙版5・5ほどの比率だったのが、近々6対4ぐらいになりそうだ。ちなみに、コミック出版大手の場合、電子版7対紙版3の割合になっているという。
 一方、大きな課題は雑誌だ。『週刊新潮』は19年上半期のABC公査部数で20万部を割り、19万部台となった。『週刊文春』の後塵を拝していたのが、さらに『週刊現代』が間に割り込み、ナンバー3の位置にやつすかっこうになった。ただ、伊藤さんは『週刊現代』は事実上月3回刊となったので、年間トータルの販売部数では『週刊新潮』のほうが上だとも言い添える。
 前年の取材時には、休刊になった『新潮45』に替わるノンフィクションの器となる媒体も検討したいと伊藤さんは語っていたものの、「まだ具体案が見つかっていない」とのことだ。現状では他社のウェブ媒体にひさしを借りて作品を連載し、単行本化するといった道筋を取ったりするぐらいだという。
 さらに2つの課題を挙げる。ひとつがウェブ・ネット戦略だ。デイリー新潮の体制を充実させるなど割とうまくいっているとはいうものの、マーケティングとどう有機的に連携させるかが課題という。もうひとつが会社全体としてまだ脇の甘い面があること。単純に売上げを上げるだけではなく、企画の精選をもっと進め、利益を上げることに注力しなければならないというのが伊藤さんの考えだ。
「2019年はラッキーな年だった。しかし、それが持続可能かというと、着実な成功はまだ夢の途上です。もっと構造改革を進めないと。昔はいい作品だからといって本を出せましたが、書店の数が減り、取次の対応も厳しい状況のなか、いい企画だからというだけではなく、どういう企みを持ってマーケティング戦略を練るのかということも考えなければなりません。チーム・ブレイディは希有な成功です。これを次につなげていきたい」
 以下、ベストセラーとなっている書籍、文庫、新書の担当者に話を聞いた。

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最終更新:3/21(土) 16:56

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