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霧ヶ峰で古代の自然信仰に出会う 「歩く」ことで人生の歩みを再確認

3/24(火) 20:14配信

ニューズウィーク日本版

──雄大な山岳風景に宿る縄文狩猟文化の名残り

令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。

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ここからは、本州を地質的に東西に分けるフォッサマグナに沿って列島の真ん中を歩き、新潟県糸魚川市の日本海を目指す。スタートの東京湾からの徒歩ルートをGoogleマップで計算すると、全行程336km・73時間と出る。実際には、ほぼ中間地点まで来た現在までに歩いた距離は、16回の合計で300km。なるべく裏道を選びながらちょこちょこ寄り道をしたので、最短距離の2倍近くかけていることになる。

で、その中間地点は、都合よく筆者の自宅である。2011年に、東京から長野県茅野市の白樺湖近くの山小屋に移住した。出身地の東京をスタートして移住先を通過するルートを選んだのは、前回も書いたように、ある程度土地勘があるルートを歩いた方が、日本のディテールに迫る旅の主旨に適っていると思ったからだ。とはいえ、自宅が中間地点になったのは、偶然か必然か自分にもよく分からない。アドリブ要素の強いこの旅にあって、最初から狙っていたわけではないが、引き寄せられるようにここまで来たような気もする。

その今回のスタート地点ともなった自宅は、標高1380mの山中にある。スキーリゾートの白樺湖・車山から少し下った別荘地内の一角だ。家自体は30年ほど前からあったが、ここに本格的に移住したのは2011年の夏だ。東日本大震災の5ヶ月後のことで、当時は福島第一原発事故による放射能汚染を恐れて東京を離れる人が見られたが、僕の場合はそれが理由ではない。目に見えない真偽不明の恐怖にパニックを起こすような余裕は僕にはなく、「生活が立ち行かなくなる」という現実的な不安の方がずっと大きかった。

震災は、リーマン・ショックに始まった不況に止めを刺した。この原稿を書いている2020年3月時点で、フリーランスに対する新型コロナウイルスによる休業補償計画の“手薄さ“が話題になっているが、日本は「会社員にあらざれば人間にあらず」と言いたくなるような、文字通りのサラリーマン社会である。だから、震災当時は、フリーランスのクリエイターをはじめ、個人事業主の多くが本当に苦しんだ。広告・デザイン業界の末端にいた僕などから見れば目がくらむほどのメジャーな仕事をしていた人ですら、何人も廃業した。僕の移住先の近場にも、東京で仕事がゼロになって、生活を一新するために本格移住してきた有名デザイナーがいる。僕はそれとは比較にならないマイナーな仕事しかしていなかったけれども、やはり東京で高い家賃を払い続ける生活の続行に困難が生じ、いっそ生活スタイルをリセットする決断に至った。

もちろん、あらゆる物事には複合的な要因がある。もともと、いつかは東京を離れ、北海道のような広々とした場所で暮らしたいという夢はあった。そう思うようになったきっかけは、フリーランスになり、結婚したのとほぼ同時に、犬を飼い始めたことだ。吠えてもダメ、走ってもダメ、団地内を散歩してもダメ、建物に入ってもダメのダメダメ尽くし。犬の権利がほとんど保証されていない日本の都会で、犬と暮らすのは心苦しかった。移住した2011年当時は2頭のフレンチ・ブルドッグと暮らしていたが、山荘への移住は彼らとの生活を充実させるためでもあった。

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最終更新:3/24(火) 20:31
ニューズウィーク日本版

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