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広島から日本の4番へ。「僕が目指す選手像は変わらない」

3/24(火) 12:00配信

広島アスリートマガジン

 

 新たに背番号1を背負い、名実共にカープの顔として臨んだ2019年。周囲からリーグ4連覇、悲願の日本一奪還の声が高まるなか、鈴木誠也の肩には知らず知らずのうちに重圧がかかっていた。2年連続でセ・リーグMVPに輝いた丸佳浩が、FA権を行使し巨人に移籍。野手陣のリーダー的存在だった新井貴浩も、18年シーズン限りでユニホームを脱いだ。

【写真】勝負強い打撃でチームを牽引した鈴木誠也選手

 となれば開幕前の話題は『鈴木の前後には誰が座るのか』、『新井の抜けた穴を、どう埋めるのか』というものが大半を占めるのは当然だ。なかでも3番、5番という打順はシーズン開幕後もテーマとなり続け、クリーンアップの好不調がそのままチーム成績にも反映される形となった。開幕からの5カード連続負け越しは、主軸の不振が影響した部分も少なくない。

「いざ丸さんと新井さんが抜けて、3番、5番が固定されない形で途中までずっときていたので、『自分で決めよう』とか、そういう思いが正直強かったです。周りを頼ってないわけではないんですけど、やっぱり今まで新井さんや丸さんに助けてもらっていた部分があったので、どうしても『自分で決めなければいけない』という変な責任がありました。そういう気持ちが空回りして、シーズン最初の方は全然うまくいかなくて……。あまりにダメ過ぎたので『何か変えていかなければ』と思って、今まで通りの考え方に戻したんです。それは何かって言うと『自分で決めよう』ではなくて、『後ろにつなぐ』という元々やってきたスタイルでした」

 つなぐことを意識することで、次第に鈴木は本来の打撃を取り戻していく。そして4番の復調と共にチームも上昇気流に乗った。3番、5番もそろって復調したことで、チームは5月に球団最多となる月間20勝をマーク。鈴木自身も球団最年少記録となる、24歳8カ月で通算100本塁打を達成した。

 もちろんクリーンアップの好不調と、チーム成績が比例したのはカープだけではない。カープのリーグ3連覇を阻止した巨人は、鈴木の目から見ても前年までにない強さを感じたという。

「(巨人は)すごく強かったですね。やっぱり前年までと打線のつながりが違いました。丸さんが加入して3番が固定されたことで周りもやりやすくなったと思いますし、僕はなんとなく気持ちが分かるなと。4番の(岡本)和真の気持ちだったりですね。『つながりがあって、嫌な打線だな』と思って戦っていました」

 シーズン中盤に入るころには、試合を重ねるごとに鈴木の打撃は安定感を増していった。ところが鬼門の交流戦に入ると、チーム全体のバランスは崩れ完全に失速。7月下旬、巨人に“逆メークドラマ”を意識させる快進撃は見せたものの、交流戦の大失速が響き最終的にはBクラスに沈むこととなってしまった。

「巨人と7ゲーム差くらいになったときには『もう無理だな』と正直思って……。逆に僕たちは3連覇中には独走していて、他のチームの選手たちはここ3年間ずっとそういう思いでやっていたんだと思いました。僕たちはずっと違う感覚で野球をやっていたので、やっぱり4位とか5位という位置で野球をやっているモチベーションというのは、難しい部分があったのかなと思います」

 とはいえ、シーズン通じて大きな収穫もあった。バットが湿ったときは四球での出塁を視野に入れ、塁に出ればチーム最多の25盗塁を記録した。そして最終的に残した数字は打率.335、出塁率.453。チーム成績は低迷したが、個人としては自身初の打撃タイトルとなる首位打者と最高出塁率の二冠に輝いた。

「シーズン中あまり数字を気にすることはないですけど、長打率と出塁率というのは意識していました。だからこそ僕としては首位打者よりも最高出塁率がうれしかったです。終わってみて1年間腐らず、諦めることもなく、1打席1打席しっかり打席に立てたので、それがついてきたのかなと。それは自分を褒めたいと思いますね」

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最終更新:3/26(木) 11:51
広島アスリートマガジン

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