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恋愛は他人とするのではなく、自分とするものではないか

3/24(火) 7:00配信

Book Bang

「恋愛は他人とするのではなく、自分とするものではないかと思う」

この3月に最新刊『私たちの望むものは』を上梓した小手鞠るいさん。『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』と恋愛小説の書き手として知られる小手鞠さんだが、昨年は『ある晴れた夏の朝』で小学館児童出版文化賞を受賞するなど、児童文学にも活躍の幅を広げている。恋愛小説は今回、じつに7年ぶりとなるという。同書にかける想いを伺った。

初めて書くような緊張感と喜びと

――7年ぶりの恋愛小説『私たちの望むものは』が刊行されました。恋愛小説の名手とも呼ばれることが多い小手鞠さんですが、久しぶりに恋愛小説に向き合った理由をお教えいただけますか。

私が20代だった頃、一世を風靡した『あんたのバラード』という歌があるのですが、歌っていた世良公則さんも、当時は20代でした。あるとき、この歌を、60代になった世良さんが歌っているのを聞いて、全身が痺れるような感動を覚えました。20代のときの『あんたのバラード』とはまた違った、60代の『あんたのバラード』を歌える世良さんは、正真正銘のロックシンガーであり、骨の髄までアーティストなんだな、と。私も、20代だった頃から書いていた恋愛小説を、60代になった今だからこそ、ふたたび書いてみたいと思いました。『美しい心臓』を書いて以来、恋愛小説から遠ざかっていたので、初めて書くような緊張感と、同時に喜びを感じていました。書き終えた今は「ああ、帰ってきたんだな。また歌えた。同じ歌を、違った歌い方で」と思っています。

――具体的にこの本を書かれたきっかけというのはありますか? 

「ふたたび恋愛小説を書きたい」と思うようになってから、長い時間をかけてずっと、物語をあたため続けていたのですが、たまたまその途中で、ギリシャに旅行したんです。海辺の町の貸別荘に滞在しているとき、ひとけのない寂れた田舎の村の海辺で、「ある圧倒的な風景」を目にしました。それは、とても荒涼とした風景ではあったのですが、私の目には神々しく、美しく映っていた。「ああ、これが恋愛というものの行き着く先なのかもしれない」と、思いました。そして「こういう恋愛小説を書きたい」とも。そうしてさらに「主人公も、この風景を見たに違いない。彼女はこの風景を目にして、何を思い、どう行動したのだろう」と。そのとき、『私たちの望むものは』に欠けていた最後のピースが見つかって、収まるべきところにカチッと収まったような気がしました。「ある圧倒的な風景」は、もちろんこの作品のなかに出てきます。

――この本には二つの恋が描かれています。どんな思いで二つの恋を描いたのでしょうか。

最初は、ひとつの恋を書くつもりでいたんです。その恋を、当事者ではないだれかに語らせようと思っていて、実際に書き始めてみたのですが、どうしても行き詰まってしまって、うまく進んでいかない。かなり試行錯誤しました。ファーストギアが機能しないんです。だから、重たい車を動かすことができない。そうこうしているうちに、時間がどんどん過ぎていって……。でもある日、ふっと、ひらめきがやってきたんです。恋を語っているこの人物にも、恋をさせてみたらどうだろう、って。過去と現在を行き来しながら、ふたつの恋が見え隠れしていくさまは、まさに万華鏡のようで、私自身、次はどうなるんだろう? と、ドキドキしながら書きました。

――あまり具体的に伺うとネタバレになってしまいますが、読んだあとに謎の部分がいくつか残されていますね。

はい、それは私自身、「謎」のある小説が好きだからです。最後まで読むと、何もかもわかってしまう、作者が親切に何もかもを説明してくれている、つまり結論が導かれている作品ではなくて、どうしてもわからないところがある、作者に焦(じ)らされ、意地悪されているような気になってしまう、結末は書かれているけれど、決して結論は出されていない、そういう小説が好きだからです。たぶんそういう作品からは、20代のころに読んだときには20代の、60代のときに読めば60代の景色が見えてくると思うんですね。『私たちの望むものは』がそんな作品になってくれたらいいなと思っています。私にとっての『あんたのバラード』みたいな。

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最終更新:3/24(火) 7:00
Book Bang

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