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「羽賀研二」語る辛酸の獄中生活 シャバに戻れば妻は他の男と交際し…

3/25(水) 8:00配信

デイリー新潮

 芸能界から姿を消して何年経つのだろう。“誠意大将軍”から一転、咎人(とがびと)として牢に繋がれた男が、娑婆に出てから初めて取材に応じた。裁判の結果が出るまで、固く閉ざしていたという彼の口から洩れてきたのは、辛酸を嘗めた獄中生活と、“別れた妻”の異変だった。

【写真】羽賀研二と梅宮アンナの「ペアヌード写真集」

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 愚かで、無知で、八方美人で、美味しい話にすぐ飛びつく。それが過(あやま)ちを招き、多くの人に迷惑をかけてきました。判決内容にかかわらず、まずは反省して言い訳をせず、世間の皆さんに謝らなくてはいけない。今の僕は、人生で一番しおれている時ですから……。

〈そう語るのは羽賀研二、58歳。もうすぐ還暦とは思えない姿は、タレント時代の面影を色濃く残すが、顔に刻まれた皺(しわ)は深く、時に虚ろな表情を浮かべる。

 なにせ5年8カ月、塀の中で過ごした身である。今月18日に那覇地裁で開かれた刑事裁判の判決は、懲役1年6カ月の実刑だった(本インタビューが行われたのは判決前)。ここに至るまでの経緯は複雑で、多少の説明が必要だろう。

 そもそも、羽賀が最初に逮捕されたのは2007年6月にまで遡(さかのぼ)る。

 知人男性に医療関連会社の未公開株の購入話を持ちかけ、3億7千万円を騙し取ったなどとして、元プロボクシング世界王者の渡辺二郎と共に、詐欺と恐喝未遂の罪に問われたのだ。

 交際していた梅宮アンナと破局、その後も“誠意大将軍”を名乗り、バラエティなどで注目され続けた彼の転落劇は、世間に波紋を広げた。

 大阪地裁の一審判決は無罪で、続く大阪高裁がそれを破棄し、懲役6年の実刑判決を下した。羽賀は上告するものの、13年3月28日には最高裁で棄却され、判決が確定。昨年1月まで、沖縄本島にある沖縄刑務所に服役した。

 片や被害者の知人男性は、刑が確定後に損害賠償を求めて民事で羽賀を提訴。裁判所は約3億9千万円の支払いを命じたのだ。

 しかし、服役中の彼は17年1月に所有する沖縄の不動産を、協議離婚した元妻へ譲渡していた。これが差し押さえを防ぐための「虚偽離婚」だとして、昨年1月18日、沖縄県警は強制執行妨害などの容疑で獄中の羽賀を再逮捕したのである。

 折しも刑期満了で出所目前というタイミング。起訴後は保釈されたが、昨年11月から那覇地裁で裁判が始まり、この度の判決と相成ったわけだ。

 検察から懲役2年を求刑された羽賀は、一貫して無罪を主張しつつも、マスコミには沈黙を守ってきた。そんな彼が、出所してから初めて取材に応じ、逮捕から獄中までの日々を告白する。〉

 13年前、自分はジュエリーブランドを手掛け、展示会のため年200日以上は全国を飛び回っていました。

 初めて逮捕されたのは、四国の松山空港に降り立った直後でした。手荷物を受け取った瞬間、大阪府警の捜査員に囲まれ、空港の派出所に連れて行かれた。

「恐喝で逮捕状が出てんのや。まぁ、署に行ってから、細かい話は聞くわ。とりあえず手錠を持ってきたから。あと逮捕状、これやから」

 と、刑事に言われて手錠をかけられた。テレビのドッキリかと思ったくらい、本当に何が起こったのか分かりませんでした。

 最初の2、3カ月は府警本部の留置所に入れられました。取り調べで、刑事はテーブルをガンガン叩き、耳元で、鼓膜が破れるくらいの大声を上げてきます。

「おらあ、貴様、なんぼのもんじゃあい。オノレがやったんじゃろおお!」

 そう怒鳴ったかと思えば、テーブルをドーンって蹴飛ばすから、カラダに当たる。それを承知でわざとやってくるのです。

 とにかく認めろと徹底的に口説かれました。違うことは違うと説明しましたが、

「お前な、恐喝を認めたら執行猶予がつくゾ」

「恐喝を認めたら、株の方では逮捕せんゾ」

 などと刑事に唆(そそのか)された。

 それでも否認を続けたので、詐欺で再逮捕されました。最終的に恐喝は未遂の容疑となり、二つの罪で起訴。執行猶予はつかず、6年の実刑で服役しました。

〈華やかな世界から一転、塀の中での暮らしが始まった羽賀が収容されたのは、奇しくも生まれ故郷にある沖縄刑務所だった。〉

 刑務所では、芸能人だったこともあってずっと4畳半一間の独房生活でしたけど、作業や食事の時間は他の受刑者と関わることも多かった。なによりオヤジさん、刑務官のことをそう呼ぶ慣わしでしたが、彼らと波長を合わせることが最も大事なことでした。あからさまに嫌がらせをしてくる人もいましたからね。

 自分は、溶接工場といって、バーベキューセットやベンチを作る仕事を担当していましたが、ドブさらいやトイレ掃除ばかりを命じられていました。

 手袋もなしにスコップで下水溝の掃除をするんですが、工場から流れてきた鉄片やら木片、なんだか分からない突起物が紛れていて、うっかり触れば手を切ってしまう。

 とても不衛生で危険な作業だから、他の受刑者がやることはなかったのですが、オヤジに言わせれば、

「オマエにはケガをされたら困るから、溶接の作業はやらせられない。代わりにゴミ処理や分別をやれ」

 その一環としてドブさらいを命じられたわけです。

 ひとつの重さが30~40キロはある土嚢を作らされて、たった一人で50袋ほど運ばされたこともありました。

 それを見た受刑者から、

「あのオヤジ、やたらとアンタに対してキツイよな」

「よく我慢しているね」

 って、声を掛けられたこともありましたね。

 不条理なことをされるとやっぱり人間ですからね、オヤジとは何度か衝突した。刑務官へは、基本的に「はい」としか言ってはいけないので、疑問を投げかけるだけでもアウトなんです。

「オヤジ、オレのどこが気に入らないんですか」

 なんて自分がオヤジに尋ねたら、もう終わりです。

「はい、懲罰!」

 と言われ懲罰房に送られます。収容期間は5日間から1週間ほど。起きてから寝る時間まで一日中、ずっと部屋で着座です。胡坐(あぐら)をかいてもよいのですが体に堪える。それでも異議を唱え続けたので、十数回は懲罰を受けたと思います。

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最終更新:3/25(水) 13:45
デイリー新潮

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