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新型コロナ、感染爆発した街はこうなる、イタリア・ミラノの例

3/26(木) 17:20配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 熱が出た。

 微熱だが、ずっと続いている。体温は、午後になると上がる。朝はそれほど高くないのに、体が激しく震える。悪寒がするし、筋肉も痛む。いやな空咳も出る。そして、疲労感。

ギャラリー:新型コロナ、都市封鎖したイタリア、ミラノの隔離生活 写真12点

 写真家のガブリエル・ガリンベルティ氏と私(ライターのジア・スカンカレーロ氏)は過去数週間、昼夜を問わず働き続けた。2月後半、イタリアで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が爆発的に増加して以来、感染の震源地となっているロンバルディア州の州都ミラノで、遺体安置所や病院を訪れ、一日一日の様子を記録し続けた。ここで何が起こっているかを世界に知ってもらいたかったのだ。

 ウイルス学者、病院の広報担当者、中国人ビジネスマン、墓地の管理人に話を聞いた。道路で消毒作業をしていた町の職員にも会った。ウイルスの取材をするからには、自分の感染を防ぎ、他の人へもうつさないよう注意しなければならない。そこで、人に会う際にはマスクをして適度な距離を置いた。頻繁に手指を消毒し、可能な時には手洗いを心掛けた。

「社会的距離」による影響を中心に取材しようと決めてからは、ガリンベルティ氏は自宅のなかにいる人々を外から撮影し、その後私が電話でインタビューするという形を取った。こうすることによって、制限を受けているなかで活動しながら、ウイルスの拡大を防げるはずだった。

 わずか1カ月で、ロンバルディアの感染者数は国内最多となった。外出が厳しく制限されても、感染拡大は止まらなかった。病院の集中治療室では、ベッドと人工呼吸器が不足し、医師が感染し、マスクも消毒液もなくなった。3月19日、イタリアの死者数は3405人に達し、中国を超えて世界一になった。3月23日の時点で、ロンバルディアでのCOVID-19による死者は3776人となり、その数は増え続けている。

 私の疲労は、限界に達していた。いつもの過労や睡眠不足によるものとはまるで違う。インタビューしている間も、立っていられないほどだった。砂糖が必要だと思い、スーパーに行ってチョコレートを買った。

 これはきっと、コロナウイルスの症状だ。何度も聞いているから間違いない。2月21日にイタリアで危機が始まって以来、医師たちは繰り返しCOVID-19の症状を説明してきた。その2日後に、ミラノは封鎖された。その日は私の40回目の誕生日だったが、まさか感染者数と死者数を数えながら誕生日を過ごすとは、夢にも思わなかった。だが、数えないわけにはいかない。来る日も来る日も、夜になると数を数える。家族や友人たちのことも気がかりだ。

 自分が感染しているかどうかはっきりさせるためには、検査を受けなければならない。イタリア中が、もう何週間も前から検査の話をしている。全国民が検査を受けるべきか。もしそうなら、なぜやらないのか。感染しても無症状の人が、検査せずに歩き回って感染を拡大させているかもしれない。全員を検査しなければ、信頼できる発症者数、死者数、回復者数のデータを作成できないではないか。

 ところで、私はどうすべきか。何週間も一緒に働いてきたガリンベルティ氏には伝えるとして、自分のことはどこまで心配すべきだろうか。

 緊急用の電話番号はあるが、ここへかけるのは高熱が出た場合に限るとされている。私の熱は、そこまで高くはない。おまけに、医療機関は疲弊しきっている。本当に医療を必要としている人々のために、彼らの時間とエネルギーを奪ってはいけない。

 しかし、昨年私は自動車事故に遭って両方の肺がつぶれ、準集中治療室に長期間入っていた。腎臓もひとつしかない。つまり、通常の人よりはリスクが高い。そうであれば、高熱でなくても緊急用の電話番号にかけてもいいだろうか。

 結局、電話はかけないことにした。利他的な思いからではなく、現実的に判断した。そのかわり、友人のいとこで、私のこともよく知っている感染症専門医に電話した。症状を伝え、肺のことも話した。すると、「ベルガモかブレシアに行きましたか」と聞かれた。

 ベルガモもブレシアも、ミラノから90キロの距離にあり、感染者数も致死率も国内で最高だ。その原因はわかっていないが、病院の安全手順がしっかり守られていなかったのではと言われている。医師や看護師が次々に感染し、彼らが別の人々に感染させ、感染は爆発的に広がった。死者数が多すぎて、遺体安置所にも遺体を納める場所がなくなった。棺は教会に並べられ、軍用トラックへ乗せられて、埋葬のため別の町へ運ばれた。

 私は、幸いどちらの町にも行ったことはないと告げた。

「おそらくCOVIDでしょう。軽症から中等症です。熱は48時間かけて徐々に上がっていくか、このままの状態がかなり長いこと続きます。もしひどくなったら、電話で処方箋を出しましょう。でも申しあげておきますが、私の患者で5日間酷い高熱が続いた人がいます。それなのに救急車が手配できなかったんです。今晩か明日また電話してください。心配しないで。あなたのような人はたくさんいますよ」

 そう言われて安心できるのかどうかはわからないが、またあとで電話することにしよう。電話をかけるたびに、悪夢は増えていく。この先、元の生活に戻れるのだろうかと不安に襲われる。

 多くのイタリア人が、家族や友人を失った。あと数週間は、これが続くだろう。多くの人が回復したが、心の傷は癒えていない。おそらく、一生癒えることはないだろう。多くの人が、重症ではないからという理由で入院すらできない。彼らは不安を抱えながら、自宅に閉じ込められている。多くの人が、長い隔離生活に苦しめられるだろう。特に、ひとり暮らしはつらい。多くの人が、経済崩壊のあおりを受けて失業するだろう。

 だが、それだけではない。いつか元の生活に戻ったかのようにふるまうことができたとしても、恐れのウイルスは全ての人の心に永久に取りついてしまった。

文=GEA SCANCARELLO/訳=ルーバー荒井ハンナ

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