ここから本文です

【今週はこれを読め! エンタメ編】最高の青春ライバル小説~安壇美緒『金木犀とメテオラ』

3/26(木) 11:55配信

BOOKSTAND

 「もう1作みたい」という言い方を、世間ではわりとよくする気がする。例えば芥川賞・直木賞といった文学賞の選考会で授賞を見送ったときの、「もう1作様子を見てから判断したい」という申し開き的な意味で。あるいはM-1やキングオブコントといった、予選で1本目・決勝で2本目のネタを披露するような大会において。こちらは「(もう1作みたいと思ったので)高い評価をつけた」という場合もあれば、「(もう1本みたかったのに)たいへん惜しい結果だったという場合もある。私も『天龍院亜希子の日記』を読んだときに、「もう1作読みたい!」と強く思ったものだ。「次の作品もおもしろいに違いない」という確信に近い予感によるものだったが、本書を読んで自分の読みに狂いはなかったと大満足である。

 北海道の女子中学・高校の寮ものといえば、氷室冴子先生の『クララ白書』『アグネス白書』というエバーグリーン的作品がある。『金木犀とメテオラ』もまた、読者の心に生き続ける名作なり得ると思う。登場人物たちの悩みさえ砂糖菓子のような甘やかさを持った『クララ』『アグネス』と違うのは、本書の主人公たちは切実で身を切られるような苦しみに苛まれていることだ。

 物語の舞台となるのは、北海道にある私立築山学園中学高等学校。宮田佳乃は折り合いのよくない父親の独断により、この高校へやってきた。もともとは東京に住んでおり、中学受験では母の強い希望で名門中学・桜蔭を第一志望校としていた。が、その母が亡くなり、荒れる佳乃を持て余した父が入寮をお膳立てしたのである。桜蔭受験に舵を切る以前は母からピアニストになれと言われ続けていたため、ピアノの腕前も相当なもの。もうひとり、入学式で代表として挨拶を行うほど優秀な成績を収めた奥沢叶は、地元の出身で自宅から通っている。際だった美少女でありながら出しゃばらない性格で、人望も厚い。実は母子家庭で、その生活は母親の不倫相手・戸越からの援助に負うところが大きい。絵も得意。

 ごくわかりやすく言おうとすれば、宮田と奥沢は『ガラスの仮面』のマヤと亜弓さんのようなライバルだ。宮田も奥沢もお互いを苦手としながらも強烈に意識し合っているが、一方で敬意を払ってもいる。物語の終盤、ふたりの距離が一瞬ぐっと近づいたようにみえた後で再びクールな関係性に戻ったところ、すごくリアルだと感じた。近親憎悪に近い感情を抱いている相手と一転して大親友になれるほど、女子中高生は甘くない(とはいえ、そうなれる場合もあるのが人間関係のおもしろいところでもあるが)。安易な同情などの入り込む余地のない、距離を置いているからこその信頼感みたいなものが胸にしみる。

 個人的には、奥沢にめちゃめちゃ感情移入して読んだ(容姿のレベルは段違いだけれども)。私の実家も貧乏で同級生たちに引け目を感じながら過ごしていたからだ。奥沢の母親とは違って、私の両親は子どもが教育を受けることの必要性を理解していたし、お金はなくとも温かい家庭で育ててもらったとも思う。それでも、奥沢が宮田に対して抱く「宮田のような、本物を目の当たりにする度に」駆られる嫉妬は、少女時代が遠くに過ぎ去ったいまでもなお私の胸を揺さぶることがある。生まれ育ちがその後の人生について回るのはもうしかたないことだ。「人が思うよりもずっと、この世で奇跡は起きている」という言葉が奥沢を支えてくれることを祈りたい(私にも奇跡は起こった。昔を思えば御の字である)。

 主役のふたりだけではなく、周囲の登場人物たちも魅力的なのも読みどころ。入学式で宮田に話しかけてきて以来よく一緒にいるようになったみなみ、宮田と奥沢に次ぐ優秀さとそれを隠そうとしないオープンさを兼ね備えた馨といった生徒たちも、寮生ひとりひとりをよく見ている寮母の杉本さんや飄々としているように見えて意外と生徒にやる気を起こさせるのがうまい時枝先生のような大人たちも。こんなにたくさんの人に支えてもらっているのに、自分だけが悲劇のヒロインみたいに周りが見えなくなることってあるんだよな...。

 夢ややりたいことが見つからない、手にしていたものを失うのがこわい、自分の悩みだけが深刻なものに思える、などなど。こんな思いをまったく経験しないで大人になった者がいるだろうか。つらい思いをしているのは自分だけじゃないという事実が、いままさに苦しんでいる人たちの心を少しでも和らげますように。

 控えめにいって最高の小説だった。クライマックスが合唱コンクールというのにも震える。

(松井ゆかり)

最終更新:3/26(木) 11:55
BOOKSTAND

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo! JAPAN 特設ページ