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ドラフト1位指名の栄光から急転落、そして再び這い上がったグレッグ・オーデン。“失敗作の代表例”となった男の波瀾万丈な人生に迫る

3/27(金) 18:13配信

THE DIGEST

 2019年ドラフト1巡目1位指名のザイオン・ウィリアムソン(ニューオリンズ・ペリカンズ)は、右ヒザ半月板損傷により開幕から44試合を欠場。サマーリーグの時点から故障続きで、今季のデビューすらも危ぶまれた時期に懸念されたのが、“グレッグ・オーデンの悪夢”の再現とならないか、ということだった。

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 2007年のドラ1としてNBA入りしながら、実働わずか3年で姿を消し、今や失敗例の代表格として挙げられてしまっている。そんな“ガラスの大器”オーデンの今とは――。

 1988年1月22日にニューヨーク州バッファローで生まれたオーデンは、その後インディアナポリスに引っ越す。12歳の頃にマイク・コンリー(ユタ・ジャズ)と出会うと、ローレンスノース高校で強力コンビを結成しチームを牽引。2004年からの3年間で103勝7敗と圧倒的な成績を残し、3年連続でインディアナ州チャンピオンに輝いた。
 
 瞬く間にNBAスカウトも注目する存在となったなか、進学したオハイオ州大では1年生ながら先発センターとして平均15.7点、9.6リバウンド、3.28ブロックをマーク。その才能は“世代に1人”とまで言われ、同大ヘッドコーチ(HC)のサド・マッタは「歴代で最も偉大なバスケットボール選手の1人になるだろう」とまで称賛していた。

 アーリーエントリーした2007年のドラフトでは、全体1位でポートランド・トレイルブレイザーズから指名を受ける(2位はケビン・デュラント/ブルックリン・ネッツ)。4年総額2200万ドル(現在のレートで約24億5000万円)の大型契約を結び、ブランドン・ロイとともに再建を図るチームの中心選手となるはずだった。

 しかし、開幕前に右ヒザ関節の軟骨に損傷があることが判明。急遽マイクロフラクチャー手術(軟骨に小さい穴を開けて出血させて治癒を促す)を受け、結局ルーキーイヤーは全休を余儀なくされた。

“実質1年目”となった2008-09シーズンは開幕戦に先発するも、再びヒザの故障に苦しみ、61試合の出場で平均8.9点、7.0リバウンド。迎えたキャリア2年目も2009年12月、今度は左ヒザの膝蓋骨を骨折し、残りのシーズンを棒に振る。2010-11シーズンも全休となり、そのまま復帰の目途が立たず。最終的に受けた手術は、マイクロフラクチャー3回を含む計7度。そして2012年3月15日、ついにブレイザーズから解雇された。
 

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最終更新:3/27(金) 18:13
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