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クリケット選手に転向した木村昇吾氏 「“クリケット界の野茂さん”になります!」/パンチ佐藤の漢の背中!

3/29(日) 11:04配信

週刊ベースボールONLINE

木村昇吾さんが西武を最後にプロ野球を引退後、クリケット選手に転向というニュースに驚いた記憶はまだ鮮明だ。そもそも、日本人にとって馴染みの薄いクリケットというスポーツはどういうもので、木村さんはどこを目指しているのか? 栃木県佐野市のクリケット場でトレーニングに励む木村さんを、パンチさんが訪ねました。
※『ベースボールマガジン』2019年1月号より転載

競技人口は世界2位、プロのトップは年収20億円

 2003年、横浜ベイスターズの一員としてプロ野球選手としての人生をスタートした木村昇吾さん。その後、広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズと3チームを渡り歩き2017年、15年間の現役生活に終止符を打った。木村さんが第二の人生に選んだのはクリケット選手への転向だった。日本ではまだ馴染みがないクリケットに、パンチさんも興味津々でスタートした対談だった

パンチ 木村君の引退後を見守っていた人は、おそらくみんな「なぜクリケットなのか」という疑問があると思うんだ。どういう経緯でクリケットにたどり着いたの?

木村 2017年に来季は契約しないと言われて、トライアウトを受けました。16年にライオンズへ移籍した直後、前十字じん帯を切ってしまったんですね。リハビリをして1年後に復帰したんですけど、プレーは全然ダメで、一軍で勝負できる状態ではありませんでした。でも、そこからトレーニングをして、クビと言われた10月ごろにはだいぶよくなっていたんですよね。だから、まだ志半ばという感覚でした。

パンチ「もう1年、時間をくれたら結果を残せますよ」という感覚だったんだ。トライアウトの結果はどうだったの?

木村 内容はよかったです。フェンス直撃の二塁打を打ったりして、自分なりには「いけるぞ」という気持ちはありましたね。でもNPBのチームからのオファーはなかったです。ありがたいことに社会人野球や独立リーグからは「コーチ兼任での契約はどうか」というお話はいただきました。

パンチ 最近はそうやってNPBから社会人野球に進んだり、独立リーグでプレーする人も多い中、どうしてそちらに行かなかったの?

木村 アスリートとして100パーセントでやりたかったんです。もちろんコーチは素晴らしい職業ですけど、志半ばだったので、まずは現役をやり切りたかった。兼任コーチだと100パーセント、アスリートではないじゃないですか。

パンチ アスリートとして燃え尽きたかったんだ。

木村 はい。それに当時はアスリートだけでもやれると思っていました。それはいい結果を残す、残せないというのではなくて、自分の100パーセントの力で勝負できるという気持ちの部分ですね。だからコーチ兼任という部分には心惹かれなかったです。それで、いろいろなお誘いをいただいている最中にクリケット転向の話が来たんです。

パンチ クリケットって言うと、白いパンツに白いポロシャツを着たおしゃれな金髪の人たちが、走って、ボールを打ってというイメージしかないんだよね。あれをやろうって思うのが意外でした。日本では未知の競技なのに、なぜクリケットにグッと心を動かされたの?

木村 野球の原型というか、野球で培った技術がそのまま生きるというのがまず大きかったです。あと、パンチさんがおっしゃった白いポロシャツを着てプレーするのは伝統と格式の高い、昔のイメージで、実は今、インドやオーストラリアではもっとカラフルなユニフォームを着て、年収20億円稼ぐ人がいるプロスポーツなんです。

パンチ ええっ? そうなの? ここ、しっかり伝えないとね!

木村 はい(笑)。20年くらい前まではお金を稼げるスポーツではなかったんですけど、今はインドやオーストラリアでプロリーグが発足していて、昔は趣味でクリケットをしていたと思うんですが近年は違うんです。しかも競技人口は世界第2位なんですよ。サッカーが1位でクリケットが2位、バスケットが3位だったかな。

パンチ そうか! それは失礼しました。全然、知らなかったよ。

木村 インドだとクリケットの試合の視聴率が、たとえば国際試合だと80パーセントくらいの数字を出すんだそうです。

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最終更新:5/15(金) 12:50
週刊ベースボールONLINE

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