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親の終の棲家をどう選ぶ?|両親の遠距離介護のために仕事を辞めたアラフィフ独身女性

3/29(日) 13:04配信

サライ.jp

取材・文/坂口鈴香

東京在住の中澤真理さん(仮名・54)の両親は九州で二人暮らしをしていたが、父要さん(仮名・96)が90歳になったころ異常行動が頻発するようになり、とうとう浴室で転倒して入院してしまう。原因は睡眠導入剤の多用によるものだった。東京から中澤さんが駆けつけたことで安心した母富代さん(仮名・90)も寝込んでしまった。

ようやく起き上がれるようになった富代さんと、これからの両親の生活について話した中澤さんは、富代さんがエレベーターのないマンションでの生活に限界を感じていたことを知る。両親の老いの現状に直面し、「親も死ぬんだ」とはじめて実感したのだ。

【前編は関連記事から】

■自分の親さえ幸せにできなくて、私は何をやっているんだろう

両親が倒れた年に、中澤さん大きな決断をする。

「会社を辞める」と――。

このころ、中澤さんは勤務する会社が運営していた介護分野の子会社に異動していた。有料老人ホームの現場もたくさん見ていたし、スタッフ養成にも携わっていた。

「倒れた両親を置いて仕事に戻ると、運営しているホームの入居者の方たちは、ホーム入居を選択したことで、落ち着いて幸せそうに暮らしていらっしゃいました。ご家族も頻繁に面会に来られています。一方、私は実の親さえ幸せにできていない。一体何をしているんだろう、という気持ちに襲われたんです」

このとき、中澤さんは49歳。これからの自分の生き方を再考する節目でもあった。

両親の姿を見て、「人間、必ず年を取るし、死ぬ」ということが胸にストンと落ちたのだと、しみじみ語る。

「これから人生の後半を、私はどうしていけばいいんだろう。今の会社を離れて別のコミュニティに入るとしたら、今が最後のチャンスだと思いました」

中澤さんは、再び両親が自由に外に出かけることのできる暮らしを取り戻そうと考えた。

■退職金でマンションを買おう

何かアテがあったわけではない。でも、迷いはなかった。

「何年かかるかわかりません。とにかく、失業保険をもらって1年休もう。そして、いったん実家に帰ろう。1年で決着がつかなければ、また1年休めばいいんだ。そう肝が据わりました」

中澤さんは「シンクロニシティ」を信じている。「自分の後ろの扉を閉めると、前の扉が開く」と言い切る。

中澤さんは、介護分野の子会社から再び本社に戻り、人事課にいた。会社で不祥事が起きて、大量の人員整理が必要な時期だったため、呼び戻されたのだ。会社を立て直すために、外部から招へいされた新社長が、冷酷なリストラを進めた。そして中澤さんは、早期退職制度をつくる側として、多くの社員と面接してリストラを進めていった。

「これまで一緒にがんばってきた仲間を切るのですから、胸が痛まないわけはありません。一方、外部から来た社長にはそうした気持ちが一切ないことも、身に沁みてわかったんです」

このことが中澤さんの背中を押した。まさに、未練なく退職する契機となったのだ。

目の前の扉が開いた。退職金を上乗せする制度をつくった中澤さん自身が、早期退職に手を挙げ、その恩恵を受けることになった。

そして、このとき中澤さんにはもうひとつ決意していたことがあった。

それが、「上乗せされた退職金とこれまでの貯金で、親のためにマンションを買う」ということだった。

中澤さんは、有給休暇を消化しながら実家に帰り、両親の新しい住まい探しを開始した。

【続編に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

最終更新:3/29(日) 13:04
サライ.jp

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