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綿密な時代考証と隙のない描写 一気読み必至の戦時下警察小説

3/29(日) 7:00配信

Book Bang

『帝都大捜査網』に続く、昭和前期を舞台とした警察小説の第二弾である。

 米軍による空襲下、当初は猟奇殺人と見られたものの、危険思想の持ち主たちの組織犯罪、特高の登場と二転三転する事件を追うのは、仙石隊長以下、警視庁特捜隊の面々。

 作者は、昭和十九年から二十年における綿密な時代考証の下、当時の広域捜査の有様を一分の隙もなく活写して読者を飽きさせない。

 人員を五名まで減らされ、ただでさえ手薄な特捜隊の前に立ちはだかるのは、空襲、そして、仙石の中学時代からの好敵手が率いる陸軍特殊任務部門、さらには特高。

 物語は、三分の二まで来たところで警察小説からエスピオナージュ(スパイ小説)へと変貌を遂げるが、ここに至って作者は、仙石の妻・澄江にとんでもない台詞を用意しているではないか。

 それは、三月十日か十一日に息子の浩一が疎開先から帰って来るというのである。

 三月十日に何があったかは、いわずもがなのことであろう。もし知らない方がいたら山田風太郎の『戦中派不戦日記』(講談社文庫)でも読んでいただきたい。

 従ってここからは、犯人追及のスリルと読者の祈るような気持ちが交錯して、ページを繰る手を止めることは、まず、不可能だ。

 そして物語は、運命の日、事件の真相に肉薄しつつ、怒涛のクライマックスへと突入してゆく。果たして事件はどう結着するのか、母子は、そして仙石は助かるのか―。

 私は確信を持っていうが、三月十日の災禍を扱った作品としてこの一巻は、小杉健治の『灰の男』以来の傑作といえよう。

 それから細かなことですが、90頁の「ほかの子供たちの見本になるくらい」(傍点引用者)は手本ではないでしょうか? 

 念のため。

[レビュアー]縄田一男(文芸評論家)

新潮社 週刊新潮 2020年3月26日花見月増大号 掲載

新潮社

最終更新:3/29(日) 7:00
Book Bang

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