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ミキッチの情熱的なプレーは、 見る者のサッカー観を変えてしまった

3/29(日) 6:00配信

webスポルティーバ

最も印象に残っているJリーグ助っ人外国人選手(6)ミキッチ(サンフレッチェ広島、湘南ベルマーレ/DF)

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 スタイリッシュな風貌とは対照的に、そのプレースタイルは泥臭く、情熱的。

 長髪をなびかせてピッチを颯爽(さっそう)と駆けるクロアチア出身のスピードスターは、決して器用ではなかったが、衰え知らずの運動量とがむしゃらさを前面に押し出し、長きにわたってサンフレッチェ広島の右サイドに君臨し続けた。

 ミハエル・ミキッチが広島にやって来たのは2009年のこと。前年に圧倒的な強さでJ2を制した広島がJ1に復帰したシーズンである。

 Jリーグデビューは衝撃的だった。

 開幕戦の相手である横浜F・マリノスを4-2と一蹴。J1復帰戦での快勝の立役者となったのは、右サイドで躍動したミキッチだった。

 ボールを持てば果敢に仕掛け、相手の守備網を鋭く切り裂くと、18分にCKを獲得し、同点ゴールを導く。38分には猛烈なスプリントで裏に飛び出し、柏木陽介のゴールを演出した。

横浜FMの選手たちは、体感したことのないスピードに脅威を感じていたに違いない。止めに入っても、封じる手段を見出せない。たった1試合でミキッチは、日本のサッカー界に強烈なインパクトを放った。

 もともとはストライカーだった。10代の頃にクロアチアの名門ディナモ・ザグレブで頭角を現し、チャンピオンズリーグでゴールを決めた経験もある。同国のアンダー世代の代表でも活躍し、「クロアチアのマイケル・オーウェン」とも称された。

 ただ、その才能が本格開花したのは、当時の指揮官だったオズワルド・アルディレスによって右サイドにコンバートされてから。強烈なスピードを武器にサイドアタッカーとして覚醒し、ドイツ・カイザースラウテルンでのプレーも経験した。

 広島でも、そのスピードは重宝された。ポジションは3-4-2-1の右ウイングバック。当時の広島は、ミハイロ・ペトロヴィッチのもと、ショートパスを主体とした攻撃スタイルを標榜していた。

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最終更新:4/1(水) 19:10
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