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元ロッテ渡辺俊介が語る「野球と暴力」。 鉄拳に頼らないベストな指導とは

3/30(月) 6:30配信

webスポルティーバ

野球界ではかつて、多くの選手がどこかで暴力の洗礼を受けてきた。それに耐えた者だけが、次のステージに上がることができると考えられてきた。残念ながら、令和になっても、その空気は残っている。

 暴力的な指導、上級生から苛烈ないじめを受けても、選手たちは野球を続けるために耐え忍ぶ......高校、大学、社会人野球などで厳しい戦いをくぐり抜けたプロ野球選手は、野球界に残る暴力をどう考えているのだろうか? 現在、日本製鉄かずさマジック監督を務める渡辺俊介に聞いた。

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 千葉ロッテマリーンズで通算 87 勝を挙げ、日本代表としてオリンピックやWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも活躍した渡辺俊介も、暴力の洗礼を受けたひとりだ。1976年8月生まれの渡辺は、國學院栃木(栃木)から國學院大學、社会人野球の新日本製鐵君津を経てプロ野球選手になった。その渡辺が書籍『野球と暴力 殴らないで強豪校になるために』(元永知宏・著/イースト・プレス刊)のなかで率直に語っている。 「野球指導の場で暴力がダメだというのは、いまに始まったわけではない。昔からそうだったはずです。でも、厳しい環境で耐えた人間を社会が求めたという部分はあったでしょう。『愛のムチ』に対して理解もあった。だから、しつけとしての暴力、教育としての暴力が容認されたんじゃないでしょうか」

高校時代に父親が野球部のコーチをつとめていたこともあって、渡辺は厳しく鍛えられた。昔気質(むかしかたぎ)の父親は、ほかのチームメイト以上に息子に厳しく当たった。

「期待する選手に特に厳しくする。当時は、そこに愛があればいいと考えられていましたよね。うちの父親もムチャクチャ厳しくて......よく殴られましたが、当時の指導方法としては間違っていなかったと思います。確かに愛情を感じていましたし。ただ、受ける側がそう感じられなければ、やっぱり暴力なんですよね」

 渡辺は高校時代、小関竜也(元・西武ライオンズなど)の控え投手だった。大学でもエースではなかった。

「大学2年の春から、東北高校や仙台育英(ともに宮城)の監督だった竹田利秋さんの指導を受けました。『竹田さんは厳しい』という噂を聞いた部員のなかにはやめようとした人もいて、部内がざわつきました。でも実際は、ほとんど殴られることはありませんでした。基本的には、言葉での指導でした」

 竹田は東北、仙台育英を率いて甲子園で通算 30 勝を挙げた名将。教え子には、佐々木主浩(元・シアトル・マリナーズなど)、斎藤隆(元・ロサンゼルス・ドジャースなど)、大越基(元・福岡ダイエーホークスなど)らがいる。

 この30年で、選手たちの気質は明らかに変わった。額に剃り込みを入れたり、眉毛を剃り上げたりする球児はもういない。

「昔はテレビドラマの『スクール☆ウォーズ』のような世界もあったでしょう。野球界だけでなく、ラグビーでも相撲でも。悪いことをしたらダメだということを、体で覚え込ませる必要があったのかもしれません」

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最終更新:3/30(月) 6:30
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