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チャールズ皇太子の感染だけではない、英国王室と感染症の歴史

3/31(火) 18:16配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

ペスト、天然痘、インフルエンザ、感染症は英国の歴史をも動かしてきた

 英国の王位継承者であるウェールズ公チャールズ皇太子が、新型コロナウイルスの検査で陽性となった。英国王室の発表によると、チャールズ皇太子は軽症で、現在スコットランドのバルモラル城で妻のカミラ夫人と共に隔離された生活を送っているという。夫人は検査で陰性だった。

ギャラリー:チャールズ皇太子、誕生から現在まで 写真19点

 英国王室で新型コロナの陽性反応が出たのは、チャールズ皇太子が初めてだ。しかし、歴史を振り返ると、数多くの王族がパンデミック(世界的な大流行)に巻き込まれてきた。14世紀の黒死病から20世紀のスペインかぜまで、命に関わる病気は、王族かどうかに関係なく襲いかかる。なかには、それによって歴史の流れが変わったこともあった。

ペスト(黒死病)

 人類史上、屈指の被害を及ぼしてきた感染症がペストだ。西暦542年ごろから発生していたが、最も有名なパンデミックは1334年に始まり、「黒死病」と呼ばれた。アジアと欧州で猛威を振るい、死者は2500万人にも上った。疫病は容赦なく蔓延、王族も例外ではなかった。

 1327年に即位しイングランド王となったエドワード3世は、英国の王族として初めて黒死病で近親者を失った。1348年、カスティーリャ王ペドロ1世との結婚のためスペインに向かっていた14歳の娘ジョーンが、旅の途中でペストにかかって亡くなった。2年後、ペドロ1世の父アルフォンソ11世も、ジブラルタルの町をムーア人から取り返そうと包囲しているさなか、ペストで命を落とした。

 ペストの勢いは止まず、英国にも大打撃を与えた。1394年、エドワード3世の孫息子である国王リチャード2世は、妻の「アン・オブ・ボヘミア」をペストで失った。彼女は優しい人柄で知られ、「よき王妃アン」と呼ばれた女性だった。リチャード2世は王妃を深く愛し、彼女が息絶えたシーン宮殿を取り壊すよう命じたほどだった。

 近年の調査によれば、その100年近く後にもペストが英国王室を襲っていたようだ。1492年、エドワード4世の王妃エリザベス・ウッドビルが亡くなったが、葬り方は不思議なほど簡素だった。ひつぎに付き添ったのはたった5人で、何の儀式もせず埋葬されたのだ。2019年、英国立公文書館で500年前の手紙が発見され、そこにはエリザベスの死因としてペストが指摘されていた。これにより、彼女の埋葬が極めてささやかだったことの説明がつくかもしれない。

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